キングザウルス三世

 土蜘蛛も手力男も倒されて一人になった烏頭女が木簡を地面に刺して呪文を唱えた。
「出でよ古代獣・魔竜王よ!」
そう叫ぶと地面がボコボコと盛り上がり、今まで出てきた怪物たちの倍はあろうかという、首も尾も長く、鋭い角が頭に二本と鼻先に一本生え、背鰭のある奴が出てきた。まさしく魔竜王と呼ぶべき風格のあるものだった。
「円能の式神の力が得られなくても、古代の荒魂の力でこれだけの大物が出せるんだよ。いざという時の切り札に持っていたのさ」
 そして魔竜王は内裏の建物を踏み潰しにかかる。しかしそれを黙って見ている晴明と仲間たちじゃない。まずは三河屋が火矢発射台・改良三号を回転させて火矢を放った。
 が、魔竜王は念力によるものか、半透明の防護壁、つまりバリヤーを体の周りに張り巡らしたのだ。
「おお、なんてこった」
 と三河屋が嘆くと、晴明はそれに、
「いや、こいつの防護壁は完全じゃない。上がガラ空きだ。そこで!」
 と言って懐から紙を二枚取り出し、息を吹きかけるとそれぞれが紅白の着物を着た娘になった。そう、式神の紋白と七星である。
「紋白、七星。あの怪物の動きを止めろ」
「承知しました」
 そして二人の姿は消え、それぞれのまとっていたものと同じ色の着物を着た怪物になった。どちらも迦楼羅面を思わせる顔をしている。
 七星が化けたと思われる赤い着物の怪物が天女のような羽衣で首を巻き、紋白と思われる白い着物の怪物が肩の花飾りから煙を出し、それに苦しんだ魔竜王が首を防護壁の上の空いた部分に出した。
「巫女長様たち、あいつの角を狙って下さい」
 晴明が言うと、二人はそれぞれが指から光を放って攻撃、魔竜王の角は吹っ飛んだ。そして周囲を囲んでいた防護壁は消えた。
「あの角は防護壁を作る上に、電撃光を放つものだったのです。あれが無くなればかなり攻撃力は弱まります。三河屋、よろしく」
「心得ました!」
 そして火矢発射台・改良三号を操作して燃料をかけ、そこに火矢を連続で撃ち込んだ。魔竜王の体はそれをまともに受けて燃え上がり始めた。
「よし、道満、八百比丘尼。いつものやつだ」
「おっしゃ!」
 道満がそう答えるのに続き、八百比丘尼は、
「桔梗、あんたは烏頭女との戦いがあるから待ってて」
 そう言い、いつものように三人で術と超能力を結集して攻撃した。魔竜王の体は燃え上がり、やがて晴明の呪文で煙のように消え去った。晴明の式神たちも蝶とてんとう虫になって主人のもとに戻った。

「むむ、私の魔竜王を倒したな」
 そう言う烏頭女に対して桔梗は、
「とうとうあんた一人だね。いざ勝負!」
 桔梗が言うと烏頭女も呪文を唱え出した。
「我を覆いし勾玉よ、力を与えたまえ!」
 そう言うと全身の勾玉が光り、烏頭女はそれで能力が倍増したのか、指先から強力な光を桔梗に向けて放った。だが桔梗は身軽にそれを除け、九字の呪文を唱える。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
 桔梗の放ったものの方が強力だったらしく、烏頭女の体は後ろに吹っ飛んだ。
「ど、どういうことだ」
 そして何度か同じような攻撃を繰り返すが、何度やっても同じことだった。
「おかしい、勾玉の力を得た私は無敵のはずなのに」
 それを聞いた桔梗はこう答える。
「ここに集まってる仲間の友情が私に力を与えてくれるのさ。憎しみと謀略でのし上がってきたあんたに最早勝ち目はないね」
 そう、桔梗の後ろには晴明たち三人と綱、金時、そして巫女長二人に三河屋、いつの間にか現れた保昌が見守っているのだ。
「こうして見守ってくれる仲間たちが心の中で声援を送ってくれるのが私の力になるんだよ。部下を恐怖で縛り、気に入らない者は粛清してきたあんたにはわかるまい」
 桔梗がそう言うのに対し、烏頭女も返す。
「私は普通の両親から突然変異で超能力を得て生まれ、それを気味悪がられていじめられ、そいつらを殺してきた。恐れをなした両親は私を神社に預けたが、そこでも同じくいじめられ、やっぱり同じように殺してきたのさ。そして実力で巫女長になって、宮司も禰宜も私の言いなり。私には怖いものなしさ。身をもって知るがいい!」
「可哀想な人だね。仲間を信じることこそ最大の力なんだよ!」
 そしてまた二人の能力がぶつかり合うが、圧倒的に桔梗の優勢だった。

 実はその頃、幻影である忠行が宮仕えの女官たち…紫式部、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔を呼んで清少納言の邸に行き、清少納言と楓子も加えて桔梗の勝利を祈らせ、その祈りを力に変えて桔梗に送ってもいたのだ。

「よし、じゃあ一対一、術なしで勝負だ」
 烏頭女は上着も首飾り、腕輪も投げ捨て、つまり全く力を与えるものの無い状態で刀を抜いて桔梗に迫った。
「勾玉が友情とやらに叶わないなら、あんたも術なしで私と刀で勝負しな」
 そして桔梗も刀を抜き、二人で激しい一騎打ちになった。刀の実力も互角のようで、鍔迫り合いが続いてなかなか勝負がつかない。
「桔梗、負けるな!」
 全員が声援を送る。これが彼女に大きな力を与えたらしく、一気に優勢に転じた。桔梗は烏頭女の刀を弾き飛ばし、「勝負あった!」と烏頭女のみぞおちに刀を突き刺した。
「うぐっ…」
 烏頭女は刺されたところから血を流して倒れ、やがて動かなくなった。
「やった…」
 桔梗が勝った。後ろから刺されて殺されかけた復讐を果たしたのだ。
「よし、とどめだ」
 と桔梗が倒れた烏頭女に近づいた時、道満が止めた。
「待て桔梗」
「道満、なぜ止める?」
 道満は複雑な表情で答えた。
「こいつは両親に恐れられて神社に預けられたと言ってたが、そのご両親は首飾りの真ん中の大きな勾玉をお守りとしてこいつに渡していた。お二人はこいつを深く愛し、そしてそれはこいつもわかっていたんだ」
 どうやら道満は烏頭女が体から外した勾玉類の中でその大きなものが目について、サイコメトリーしたようである。
「そして謀略でのし上がりながらも、いつもご両親には申し訳なく思っていた。だからお二人が病で亡くなった時も葬儀に出なかったのは、自分を捨てた奴らの葬儀なんか誰が出るかと言ってたようだが、申し訳なくて出られず、一人でこっそり涙を流していたんだよ」
「そうだったのか、烏頭女…」
 桔梗が言うと八百比丘尼も、
「そう、この人は憎しみを糧に生きてきたけど、本当は信頼出来る仲間がほしかった。でもそれまで謀略でのし上がってきたこの人に心の絆を結べる人はいなかった。この人も孤独と戦ってきてたんだね」
「そうか…いつも偉そうにして、私も、円能様さえも見下していたけど、寂しかったんだね」
 そう言って桔梗はもう完全に息絶えた烏頭女の亡骸に上着をかけ、首飾りを両親の持たせた大きなお守りの勾玉が上に来るように乗せた。
「この人にはわかっていたんだよ、魔竜王が倒された時点で自分に勝ち目がないことを。だからどうせならあんたに殺されようと覚悟を決めてたんだ。それで身の上話も本当のことを言って同情を引こうともしなかったし、命乞いも卑怯な真似もしなかった。最後くらい誇り高く逝かせてあげようよ」
 そして八百比丘尼は烏頭女の亡骸に合掌した。桔梗、道満、そしてその場にいた全員がそれに続いた。

 一方、いつの間にかその場からいなくなっていた晴明は宮中の奥まった場所にある座敷牢、今でいう留置場に来ていた。
「信順様、光子様、そして円能。烏頭女もついに倒されました」
 晴明がそう言うと、三人は一斉に肩を落とした。
「ああ、これで中関白家再興の夢も潰えましたか…」
 光子が嘆くが、信順は、
「いや、我々はどうやら長髄彦の力を借りるつもりだったのが、逆に利用されていたようだ。やはりああいう強大な力を持ったものを蘇らすのも良し悪しだな」
 それに晴明が答える。
「長髄彦はまだ生きております。今度は奴の息の根を止めることです。それには円能の力が必要。円能、私に協力してくれないか?」
「ああ、どうせ私の命はないものと思っている。それならお前と力を合わせて奴を倒そう」
 円能は意外ながら、心強い返事をくれた。
 だがその時である。
「お前ら、わしの部下をよくも全て倒してくれたな。だが烏頭女の祈祷は全て完了している。三日後、わしは最強の姿で再び現れるぞ」
 晴明のみならず、桔梗と他の仲間たちにも長髄彦の不気味な声が聞こえたのだ。

 まだ戦いは終わっていなかった。長髄彦ははどう出るのか?勝ち目はあるのか?

 …次回へ続く。