宮中の奥まった場所で、藤原道長、源頼光、安倍晴明、大江匡衡、検非違使佐、蔵人頭が集まっていた。
「私を呪詛した連中、ただでは済まさん。検非違使佐、どういう裁きを下すかは決まっておろうな」
道長が顔に怒りをあらわにして言う。検非違使佐は、
「はっ、円能は死罪、高階兄妹は遠流(※遠方への流罪)がふさわしく思います」
「うむ、是非その方向で進めてほしいものだ」
頼光、匡衡、蔵人頭は言いたいこともあるようだが、何せ今回は道長を殺そうとした呪詛事件である。穏便に済ますわけにもいかない。
そこで晴明が口を開いた。
「中宮様と親王様を呪った烏頭女は桔梗の手によって倒されました。ですが古代神・長髄彦はまだ生きていて、今宵この内裏に現れます。奴は幻影のようなものゆえ、どういう形で出てくるか、私の予知も及びません。私と道満、八百比丘尼、そして巫女長様お二方、こちらに寝返った桔梗がおりますが、まだ術者がほしいところ。ここは…」
晴明がそこまで言ったと同時に、他の五人は昏睡して倒れていった。
「まさか円能に協力を求めたとは言えまい」
一方、清少納言の邸では。
「晴明が催眠術で偉いさんたちを眠らせた。道満、八百比丘尼、桔梗。お前たちの出番だ」
幻影の姿で現れていた忠行が言う。
「あいつ、どうやら円能に協力を求めたようですな」
道満が言うと忠行は、
「そうだ。巫女長様お二方には私が脳内で声をかけた。あとは綱と金時と、保昌、そして三河屋だな」
「しかし長髄彦は強大な敵ゆえ、どう出るか読めませんね」
と八百比丘尼が言う。
「私たちはここでおとなしくしておくしかありませんね」
楓子がいうのに清少納言も、
「私たちには何も戦う手段がないものね」
そこに桔梗が、
「お二人はここで待って下さればよろしい。最強の術者三人に私と巫女長さまたちで何とかするでしょう」
「おお皆さんお揃いで。私も協力しまっせ」
いつの間にか現れた三河屋も声をかけてきた。まさに細工は流々であろう。
「よし、今日の日没の頃だ。皆、気を引き締めてな」
忠行がそう言い、全員が「承知しました」と言った。
そして夕刻。昼から夜へと向かう黄昏、まさに逢魔が時と言うべき時刻になった。道満、八百比丘尼、桔梗、巫女長二人に綱、金時、三河屋、そして保昌が集まっていた。三河屋は火矢発射台・改良三号を携えてきている。
「三河屋、さすがの装備だな」
綱が言うと三河屋は、
「そりゃ今までさんざん化け物どもに対抗してきましたからね。やっぱりこいつは必要でしょう」
「でも今までの流れだったら八岐大蛇くらい出してくるかもな」
桔梗がそう言うと道満は、
「そいつは出雲の化け物だ。河内にはおらんだろう」
そこに晴明がやってきた。円能と高階兄妹…信順と光子を連れている。
「皆さん、円能が長髄彦退治に協力してくれることになった。これは心強いぞ」
道満がそれに返す。
「今までさんざんお前を中心に俺らと戦ってきたのに、どうしてまた?」
「宿木の怪奇植物どもを倒すのに協力したこともあるから、別に驚くこともなかろう」
円能はそう答えた。
「中関白家の再興をもくろんでおりましたが、まさか大和朝廷への復讐の気持ちがそれをはるかに上回るものとは思いもよりませず、私は何か憑き物が落ちたようです」
光子が言うと信順も、
「ああ、あれほどの恐るべき存在とは、舐めてかかっていた」
その時、その場にいた全員に不気味な声が聞こえた。
「フフフ、揃ったな。ではわしもそろそろ行くぞ」
そして内裏の地面が盛り上がり、そこから巨大な武人埴輪のような甲冑姿の巨人が立ち上がった。顔を見れば、道満と八百比丘尼、そして円能と桔梗は知っているのだが、長髄彦のものだった。
「長髄彦!」
「そうだ。これが烏頭女の呪法による切り札、わし自身が今まで倒された牙虫、血蟻、凶蛾、鬼蛍の力と体を得て最強の魔神となったのだ。どこからでもかかってくるが良い!」
そして全員が攻撃態勢になった。術者たちはその術を使い、綱と金時と保昌は矢を放ち、三河屋は火矢発射台で連続攻撃する。だがそれらの効き目はほとんどなかった。
「どうした?蚊が刺したほどにも感じんぞ」
不敵に笑いながら長髄彦は大極殿のあたりに向かって歩き出した。その時であった。
「出でよ八咫烏!忌まわしき長髄彦を撃退せよ!」
石切の巫女長が叫ぶと、空から大きな金色の鳥が現れた。足が三本付いているのが奇異ではあったが。
「おお、神武天皇が東征の果てに長髄彦を退却させた、あの!」
そう、古代の歴史を学んだ道満は知っていたのだ。
「八咫烏!更に輝け!」
石切の巫女長が言うと、金色の光は更に強くなり、長髄彦はその場に倒れた。
「うおお、まさか八咫烏がまた出てこようとは…」
そして甲冑に覆われた巨体は消え、常人よりやや大きいくらいの大きさに長髄彦は戻った。
「石切の巫女長様、八咫烏を呼ぶ力がおありでしたのですね」
下鴨の巫女長が言うと、石切の巫女長は答える。八咫烏はいつの間にか消えていた。
「はいな、これはうちの神社に伝わる秘儀で、その時々で最も強い能力を持った者だけが使えるのです」
長髄彦はほぼ等身大の体に戻っても、まだその超能力で抵抗する。光を放ちながら、
「わしはこの大きさでもまだ戦えるのだ。さあかかってこい!」
「望むところ!」
晴明が声をかけ、彼と道満と八百比丘尼、そして巫女長二人が五芒星を描いて長髄彦を囲んだ。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
「布留部由良由良止布留部!」
五人がそれぞれの術を結集して攻撃するが、長髄彦はそう簡単には倒れない。
「わしは古代の神そのものだ。人間の術になぞ負けはせんぞ」
万事休すと思いきや、今度は高階兄妹の間に何やら人型の影のようなものが現れ、それははっきり人間の姿となった。これまた整った顔立ちの、高貴な雰囲気の男性になった。
「父上!」
兄弟が驚いて言った。そう、とっくに亡くなったはずの二人の父・高階成忠だった。
「私は死して後も中関白家の再興を夢見て、二人の精神を支配してきた。光子はそのために道満への暗殺依頼が厳しいものとなって離れられ、信順は河内でこういう良からぬ者たちの力を借りることとなった。だがこんなことになるとは思いも寄らなかった。私はこの償いのために、長髄彦を道連れにする」
そして成忠は長髄彦に向かっていき、その体を妖気で取り巻いた。
「く、苦しい。離せ!」
長髄彦がうろたえたところに晴明が言う。
「円能、お前の術で長髄彦を討て!桔梗も刀を!」
「心得た!」
円能が「臨兵闘者皆陣烈在前!」と唱えて強烈な光を長髄彦に発し、その体は動かなくなった。
「桔梗、とどめだ!」
晴明が言うと、桔梗は刀で長髄彦の心臓を貫いて、そこに他の術者四人が一斉にそれぞれの手を向けて光を放った。長髄彦は悶えながら消滅していった。成忠も笑みを浮かべながら消えて行った。
「やった…」
全員が安堵のため息を漏らした。
「私と光子の野望も、父上に操られていたんだな。父上は怨霊となって二人を支配して朝廷の転覆を企むも、長髄彦の野望がそれ以上のものだと知って、ようやく目覚められたんだ」
信順が言うと光子も、
「私の暗殺依頼もだんだん私の意思に反して大きくなり、道満どのに離れられて円能どのに引き受けてもらうようになりましたが、それは父上の意思…そして父上もこうなってようやく…」
「まあそれでも全員の力で最大の敵を倒せた。特に円能と桔梗、お前たちのおかげで大助かりだ」
晴明が二人を讃える。
「これは処分を大幅に減じてもらわねばならんな」
そして石切の巫女長が言う。
「埴輪が盗まれたところからとんでもないことになってしまいましたが、一件落着です。私も安心して河内へ帰れますよ」
全員が笑顔を交わし合った。
それから何日か経って、清少納言の邸。
「そして私は成忠様がお二人を操っていたこと、円能が長髄彦退治に尽力したことを伝え、道長様も納得された上で検非違使佐様が最終的なお裁きを下し、信順様と光子様は官位剥奪、円能は都から追放ということで片が付きました」
晴明が言うと、その場にいた全員が喜んだ。
「いやあ良かったですね。最後の最後に尽力下さったのですから、それは当然でしょう」
と清少納言が答えた。道満も、
「光子様は昔と人が変わったと思ってたのはそういうことだったんだな。まあ昔の優しい光子様に戻って良かった」
「それにしても長髄彦は強敵だったな。随分手こずった」
綱がそう言うのに金時が続く。
「三河屋さんも随分活躍してくれましたしね」
そこで桔梗が、
「良かった良かった…って、私がここにいていいのか?」
「いいじゃんもう仲間なんだから。ほんと、あんた大活躍だったよ」
八百比丘尼がいい気分で酔っ払いながら言う。
とりあえず、長かった戦いは長髄彦が倒されたことと高階兄妹が父の呪縛から解放されたことで終わった。