2020年11月

大魔神 変貌前

 宮中の奥まった場所で、藤原道長、源頼光、安倍晴明、大江匡衡、検非違使佐、蔵人頭が集まっていた。
「私を呪詛した連中、ただでは済まさん。検非違使佐、どういう裁きを下すかは決まっておろうな」
 道長が顔に怒りをあらわにして言う。検非違使佐は、
「はっ、円能は死罪、高階兄妹は遠流(※遠方への流罪)がふさわしく思います」
「うむ、是非その方向で進めてほしいものだ」
 頼光、匡衡、蔵人頭は言いたいこともあるようだが、何せ今回は道長を殺そうとした呪詛事件である。穏便に済ますわけにもいかない。
 そこで晴明が口を開いた。
「中宮様と親王様を呪った烏頭女は桔梗の手によって倒されました。ですが古代神・長髄彦はまだ生きていて、今宵この内裏に現れます。奴は幻影のようなものゆえ、どういう形で出てくるか、私の予知も及びません。私と道満、八百比丘尼、そして巫女長様お二方、こちらに寝返った桔梗がおりますが、まだ術者がほしいところ。ここは…」
 晴明がそこまで言ったと同時に、他の五人は昏睡して倒れていった。
「まさか円能に協力を求めたとは言えまい」

 一方、清少納言の邸では。
「晴明が催眠術で偉いさんたちを眠らせた。道満、八百比丘尼、桔梗。お前たちの出番だ」
 幻影の姿で現れていた忠行が言う。
「あいつ、どうやら円能に協力を求めたようですな」
 道満が言うと忠行は、
「そうだ。巫女長様お二方には私が脳内で声をかけた。あとは綱と金時と、保昌、そして三河屋だな」
「しかし長髄彦は強大な敵ゆえ、どう出るか読めませんね」
 と八百比丘尼が言う。
「私たちはここでおとなしくしておくしかありませんね」
 楓子がいうのに清少納言も、
「私たちには何も戦う手段がないものね」
 そこに桔梗が、
「お二人はここで待って下さればよろしい。最強の術者三人に私と巫女長さまたちで何とかするでしょう」
「おお皆さんお揃いで。私も協力しまっせ」
 いつの間にか現れた三河屋も声をかけてきた。まさに細工は流々であろう。
「よし、今日の日没の頃だ。皆、気を引き締めてな」
 忠行がそう言い、全員が「承知しました」と言った。

 そして夕刻。昼から夜へと向かう黄昏、まさに逢魔が時と言うべき時刻になった。道満、八百比丘尼、桔梗、巫女長二人に綱、金時、三河屋、そして保昌が集まっていた。三河屋は火矢発射台・改良三号を携えてきている。
「三河屋、さすがの装備だな」
 綱が言うと三河屋は、
「そりゃ今までさんざん化け物どもに対抗してきましたからね。やっぱりこいつは必要でしょう」
「でも今までの流れだったら八岐大蛇くらい出してくるかもな」
 桔梗がそう言うと道満は、
「そいつは出雲の化け物だ。河内にはおらんだろう」
 そこに晴明がやってきた。円能と高階兄妹…信順と光子を連れている。
「皆さん、円能が長髄彦退治に協力してくれることになった。これは心強いぞ」
 道満がそれに返す。
「今までさんざんお前を中心に俺らと戦ってきたのに、どうしてまた?」
「宿木の怪奇植物どもを倒すのに協力したこともあるから、別に驚くこともなかろう」
 円能はそう答えた。
「中関白家の再興をもくろんでおりましたが、まさか大和朝廷への復讐の気持ちがそれをはるかに上回るものとは思いもよりませず、私は何か憑き物が落ちたようです」
 光子が言うと信順も、
「ああ、あれほどの恐るべき存在とは、舐めてかかっていた」

 その時、その場にいた全員に不気味な声が聞こえた。
「フフフ、揃ったな。ではわしもそろそろ行くぞ」
 そして内裏の地面が盛り上がり、そこから巨大な武人埴輪のような甲冑姿の巨人が立ち上がった。顔を見れば、道満と八百比丘尼、そして円能と桔梗は知っているのだが、長髄彦のものだった。
「長髄彦!」
「そうだ。これが烏頭女の呪法による切り札、わし自身が今まで倒された牙虫、血蟻、凶蛾、鬼蛍の力と体を得て最強の魔神となったのだ。どこからでもかかってくるが良い!」
 そして全員が攻撃態勢になった。術者たちはその術を使い、綱と金時と保昌は矢を放ち、三河屋は火矢発射台で連続攻撃する。だがそれらの効き目はほとんどなかった。
「どうした?蚊が刺したほどにも感じんぞ」
 不敵に笑いながら長髄彦は大極殿のあたりに向かって歩き出した。その時であった。
「出でよ八咫烏!忌まわしき長髄彦を撃退せよ!」
 石切の巫女長が叫ぶと、空から大きな金色の鳥が現れた。足が三本付いているのが奇異ではあったが。
「おお、神武天皇が東征の果てに長髄彦を退却させた、あの!」
 そう、古代の歴史を学んだ道満は知っていたのだ。
「八咫烏!更に輝け!」
 石切の巫女長が言うと、金色の光は更に強くなり、長髄彦はその場に倒れた。
「うおお、まさか八咫烏がまた出てこようとは…」
 そして甲冑に覆われた巨体は消え、常人よりやや大きいくらいの大きさに長髄彦は戻った。

「石切の巫女長様、八咫烏を呼ぶ力がおありでしたのですね」
 下鴨の巫女長が言うと、石切の巫女長は答える。八咫烏はいつの間にか消えていた。
「はいな、これはうちの神社に伝わる秘儀で、その時々で最も強い能力を持った者だけが使えるのです」
 長髄彦はほぼ等身大の体に戻っても、まだその超能力で抵抗する。光を放ちながら、
「わしはこの大きさでもまだ戦えるのだ。さあかかってこい!」  
「望むところ!」
 晴明が声をかけ、彼と道満と八百比丘尼、そして巫女長二人が五芒星を描いて長髄彦を囲んだ。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
「布留部由良由良止布留部!」
 五人がそれぞれの術を結集して攻撃するが、長髄彦はそう簡単には倒れない。
「わしは古代の神そのものだ。人間の術になぞ負けはせんぞ」
 万事休すと思いきや、今度は高階兄妹の間に何やら人型の影のようなものが現れ、それははっきり人間の姿となった。これまた整った顔立ちの、高貴な雰囲気の男性になった。
「父上!」
 兄弟が驚いて言った。そう、とっくに亡くなったはずの二人の父・高階成忠だった。
「私は死して後も中関白家の再興を夢見て、二人の精神を支配してきた。光子はそのために道満への暗殺依頼が厳しいものとなって離れられ、信順は河内でこういう良からぬ者たちの力を借りることとなった。だがこんなことになるとは思いも寄らなかった。私はこの償いのために、長髄彦を道連れにする」
 そして成忠は長髄彦に向かっていき、その体を妖気で取り巻いた。
「く、苦しい。離せ!」
 長髄彦がうろたえたところに晴明が言う。
「円能、お前の術で長髄彦を討て!桔梗も刀を!」
「心得た!」
 円能が「臨兵闘者皆陣烈在前!」と唱えて強烈な光を長髄彦に発し、その体は動かなくなった。
「桔梗、とどめだ!」
 晴明が言うと、桔梗は刀で長髄彦の心臓を貫いて、そこに他の術者四人が一斉にそれぞれの手を向けて光を放った。長髄彦は悶えながら消滅していった。成忠も笑みを浮かべながら消えて行った。

「やった…」
 全員が安堵のため息を漏らした。
「私と光子の野望も、父上に操られていたんだな。父上は怨霊となって二人を支配して朝廷の転覆を企むも、長髄彦の野望がそれ以上のものだと知って、ようやく目覚められたんだ」
 信順が言うと光子も、
「私の暗殺依頼もだんだん私の意思に反して大きくなり、道満どのに離れられて円能どのに引き受けてもらうようになりましたが、それは父上の意思…そして父上もこうなってようやく…」
「まあそれでも全員の力で最大の敵を倒せた。特に円能と桔梗、お前たちのおかげで大助かりだ」
 晴明が二人を讃える。
「これは処分を大幅に減じてもらわねばならんな」
 そして石切の巫女長が言う。
「埴輪が盗まれたところからとんでもないことになってしまいましたが、一件落着です。私も安心して河内へ帰れますよ」
 全員が笑顔を交わし合った。

 それから何日か経って、清少納言の邸。
「そして私は成忠様がお二人を操っていたこと、円能が長髄彦退治に尽力したことを伝え、道長様も納得された上で検非違使佐様が最終的なお裁きを下し、信順様と光子様は官位剥奪、円能は都から追放ということで片が付きました」
 晴明が言うと、その場にいた全員が喜んだ。
「いやあ良かったですね。最後の最後に尽力下さったのですから、それは当然でしょう」
 と清少納言が答えた。道満も、
「光子様は昔と人が変わったと思ってたのはそういうことだったんだな。まあ昔の優しい光子様に戻って良かった」
「それにしても長髄彦は強敵だったな。随分手こずった」
 綱がそう言うのに金時が続く。
「三河屋さんも随分活躍してくれましたしね」
 そこで桔梗が、
「良かった良かった…って、私がここにいていいのか?」
「いいじゃんもう仲間なんだから。ほんと、あんた大活躍だったよ」
 八百比丘尼がいい気分で酔っ払いながら言う。

 とりあえず、長かった戦いは長髄彦が倒されたことと高階兄妹が父の呪縛から解放されたことで終わった。

キングザウルス三世

 土蜘蛛も手力男も倒されて一人になった烏頭女が木簡を地面に刺して呪文を唱えた。
「出でよ古代獣・魔竜王よ!」
そう叫ぶと地面がボコボコと盛り上がり、今まで出てきた怪物たちの倍はあろうかという、首も尾も長く、鋭い角が頭に二本と鼻先に一本生え、背鰭のある奴が出てきた。まさしく魔竜王と呼ぶべき風格のあるものだった。
「円能の式神の力が得られなくても、古代の荒魂の力でこれだけの大物が出せるんだよ。いざという時の切り札に持っていたのさ」
 そして魔竜王は内裏の建物を踏み潰しにかかる。しかしそれを黙って見ている晴明と仲間たちじゃない。まずは三河屋が火矢発射台・改良三号を回転させて火矢を放った。
 が、魔竜王は念力によるものか、半透明の防護壁、つまりバリヤーを体の周りに張り巡らしたのだ。
「おお、なんてこった」
 と三河屋が嘆くと、晴明はそれに、
「いや、こいつの防護壁は完全じゃない。上がガラ空きだ。そこで!」
 と言って懐から紙を二枚取り出し、息を吹きかけるとそれぞれが紅白の着物を着た娘になった。そう、式神の紋白と七星である。
「紋白、七星。あの怪物の動きを止めろ」
「承知しました」
 そして二人の姿は消え、それぞれのまとっていたものと同じ色の着物を着た怪物になった。どちらも迦楼羅面を思わせる顔をしている。
 七星が化けたと思われる赤い着物の怪物が天女のような羽衣で首を巻き、紋白と思われる白い着物の怪物が肩の花飾りから煙を出し、それに苦しんだ魔竜王が首を防護壁の上の空いた部分に出した。
「巫女長様たち、あいつの角を狙って下さい」
 晴明が言うと、二人はそれぞれが指から光を放って攻撃、魔竜王の角は吹っ飛んだ。そして周囲を囲んでいた防護壁は消えた。
「あの角は防護壁を作る上に、電撃光を放つものだったのです。あれが無くなればかなり攻撃力は弱まります。三河屋、よろしく」
「心得ました!」
 そして火矢発射台・改良三号を操作して燃料をかけ、そこに火矢を連続で撃ち込んだ。魔竜王の体はそれをまともに受けて燃え上がり始めた。
「よし、道満、八百比丘尼。いつものやつだ」
「おっしゃ!」
 道満がそう答えるのに続き、八百比丘尼は、
「桔梗、あんたは烏頭女との戦いがあるから待ってて」
 そう言い、いつものように三人で術と超能力を結集して攻撃した。魔竜王の体は燃え上がり、やがて晴明の呪文で煙のように消え去った。晴明の式神たちも蝶とてんとう虫になって主人のもとに戻った。

「むむ、私の魔竜王を倒したな」
 そう言う烏頭女に対して桔梗は、
「とうとうあんた一人だね。いざ勝負!」
 桔梗が言うと烏頭女も呪文を唱え出した。
「我を覆いし勾玉よ、力を与えたまえ!」
 そう言うと全身の勾玉が光り、烏頭女はそれで能力が倍増したのか、指先から強力な光を桔梗に向けて放った。だが桔梗は身軽にそれを除け、九字の呪文を唱える。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
 桔梗の放ったものの方が強力だったらしく、烏頭女の体は後ろに吹っ飛んだ。
「ど、どういうことだ」
 そして何度か同じような攻撃を繰り返すが、何度やっても同じことだった。
「おかしい、勾玉の力を得た私は無敵のはずなのに」
 それを聞いた桔梗はこう答える。
「ここに集まってる仲間の友情が私に力を与えてくれるのさ。憎しみと謀略でのし上がってきたあんたに最早勝ち目はないね」
 そう、桔梗の後ろには晴明たち三人と綱、金時、そして巫女長二人に三河屋、いつの間にか現れた保昌が見守っているのだ。
「こうして見守ってくれる仲間たちが心の中で声援を送ってくれるのが私の力になるんだよ。部下を恐怖で縛り、気に入らない者は粛清してきたあんたにはわかるまい」
 桔梗がそう言うのに対し、烏頭女も返す。
「私は普通の両親から突然変異で超能力を得て生まれ、それを気味悪がられていじめられ、そいつらを殺してきた。恐れをなした両親は私を神社に預けたが、そこでも同じくいじめられ、やっぱり同じように殺してきたのさ。そして実力で巫女長になって、宮司も禰宜も私の言いなり。私には怖いものなしさ。身をもって知るがいい!」
「可哀想な人だね。仲間を信じることこそ最大の力なんだよ!」
 そしてまた二人の能力がぶつかり合うが、圧倒的に桔梗の優勢だった。

 実はその頃、幻影である忠行が宮仕えの女官たち…紫式部、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔を呼んで清少納言の邸に行き、清少納言と楓子も加えて桔梗の勝利を祈らせ、その祈りを力に変えて桔梗に送ってもいたのだ。

「よし、じゃあ一対一、術なしで勝負だ」
 烏頭女は上着も首飾り、腕輪も投げ捨て、つまり全く力を与えるものの無い状態で刀を抜いて桔梗に迫った。
「勾玉が友情とやらに叶わないなら、あんたも術なしで私と刀で勝負しな」
 そして桔梗も刀を抜き、二人で激しい一騎打ちになった。刀の実力も互角のようで、鍔迫り合いが続いてなかなか勝負がつかない。
「桔梗、負けるな!」
 全員が声援を送る。これが彼女に大きな力を与えたらしく、一気に優勢に転じた。桔梗は烏頭女の刀を弾き飛ばし、「勝負あった!」と烏頭女のみぞおちに刀を突き刺した。
「うぐっ…」
 烏頭女は刺されたところから血を流して倒れ、やがて動かなくなった。
「やった…」
 桔梗が勝った。後ろから刺されて殺されかけた復讐を果たしたのだ。
「よし、とどめだ」
 と桔梗が倒れた烏頭女に近づいた時、道満が止めた。
「待て桔梗」
「道満、なぜ止める?」
 道満は複雑な表情で答えた。
「こいつは両親に恐れられて神社に預けられたと言ってたが、そのご両親は首飾りの真ん中の大きな勾玉をお守りとしてこいつに渡していた。お二人はこいつを深く愛し、そしてそれはこいつもわかっていたんだ」
 どうやら道満は烏頭女が体から外した勾玉類の中でその大きなものが目について、サイコメトリーしたようである。
「そして謀略でのし上がりながらも、いつもご両親には申し訳なく思っていた。だからお二人が病で亡くなった時も葬儀に出なかったのは、自分を捨てた奴らの葬儀なんか誰が出るかと言ってたようだが、申し訳なくて出られず、一人でこっそり涙を流していたんだよ」
「そうだったのか、烏頭女…」
 桔梗が言うと八百比丘尼も、
「そう、この人は憎しみを糧に生きてきたけど、本当は信頼出来る仲間がほしかった。でもそれまで謀略でのし上がってきたこの人に心の絆を結べる人はいなかった。この人も孤独と戦ってきてたんだね」
「そうか…いつも偉そうにして、私も、円能様さえも見下していたけど、寂しかったんだね」
 そう言って桔梗はもう完全に息絶えた烏頭女の亡骸に上着をかけ、首飾りを両親の持たせた大きなお守りの勾玉が上に来るように乗せた。
「この人にはわかっていたんだよ、魔竜王が倒された時点で自分に勝ち目がないことを。だからどうせならあんたに殺されようと覚悟を決めてたんだ。それで身の上話も本当のことを言って同情を引こうともしなかったし、命乞いも卑怯な真似もしなかった。最後くらい誇り高く逝かせてあげようよ」
 そして八百比丘尼は烏頭女の亡骸に合掌した。桔梗、道満、そしてその場にいた全員がそれに続いた。

 一方、いつの間にかその場からいなくなっていた晴明は宮中の奥まった場所にある座敷牢、今でいう留置場に来ていた。
「信順様、光子様、そして円能。烏頭女もついに倒されました」
 晴明がそう言うと、三人は一斉に肩を落とした。
「ああ、これで中関白家再興の夢も潰えましたか…」
 光子が嘆くが、信順は、
「いや、我々はどうやら長髄彦の力を借りるつもりだったのが、逆に利用されていたようだ。やはりああいう強大な力を持ったものを蘇らすのも良し悪しだな」
 それに晴明が答える。
「長髄彦はまだ生きております。今度は奴の息の根を止めることです。それには円能の力が必要。円能、私に協力してくれないか?」
「ああ、どうせ私の命はないものと思っている。それならお前と力を合わせて奴を倒そう」
 円能は意外ながら、心強い返事をくれた。
 だがその時である。
「お前ら、わしの部下をよくも全て倒してくれたな。だが烏頭女の祈祷は全て完了している。三日後、わしは最強の姿で再び現れるぞ」
 晴明のみならず、桔梗と他の仲間たちにも長髄彦の不気味な声が聞こえたのだ。

 まだ戦いは終わっていなかった。長髄彦ははどう出るのか?勝ち目はあるのか?

 …次回へ続く。
 

タランチュラ

「…ん…私には意識がある…ここは地獄か?極楽か?いやきっと地獄に違いない。お裁きがあるのか…」
 そして彼女…桔梗が目を開けると、そこには見慣れた顔…八百比丘尼が覗き込んでいた。
「や、八百比丘尼…ということは、私は生きているのか?」
 桔梗が問うと八百比丘尼は、
「ええ。あんたが刺されて意識を失った後、私が手のひらから血を分け与えて家に寝かしつけたの。生きてて良かった…」
 桔梗は布団から上体を起こして言った。
「そうか、あんたが血を分けて…でもそんなことして、あんたは大丈夫なのか?」
「いいんだよ、私は酒かっ食らって一晩寝たら元通りだから」
「便利な体だね。でも、今までさんざん戦ってきた私を助けてくれるとは、また大きな借りが出来てしまった」
 そう言う桔梗に八百比丘尼が返す。
「借りだなんて、あんたは中宮様と親王様を呪いから救い、道満と楓子さんを助けてくれたじゃないか。それで十分助けるに値するよ」
「すまない、憎い敵のはずなのに助けてくれて…でも私は家族もいない天涯孤独の身。そしてあんたの首を刎ねたと思ったのがあんたは生きていて、もうそこで私は負けていたのさ。どうせ殺されるのならもうあんたにこの場で斬られても…」
 桔梗がそこまで言うと八百比丘尼が、
「もうあんたと戦おうとは思ってないよ。どうせ高階の方には帰れないんだし、私たちの仲間になるがいいよ」
 そこまで言った時、道満、そして清少納言と楓子が入ってきた。八百比丘尼がテレパシーで呼んだらしい。
「おお、桔梗。生きてたか」
 道満がそう言うと清少納言が続く。
「一時はどうなることかと思いましたが、助かって良かったですわ」
 楓子もそれに続けて、
「道満先生と私を救って下さったんですもの、あのまま亡くなるのはあんまりですものね」
 皆が温かい言葉をかけてくるので、桔梗の目に涙が浮かんだ。
「こんな私のために心配してくれて、蘇生までさせて…こんなに温かくしてもらえるなんて思いもよらなかったよ」
 そこで八百比丘尼が言う。
「どうせあんたにはもう帰る場所がないんだし、私の助手として一緒に働こうよ。ここに住まわせてあげるから」
 道満もそれに続き、
「ああ、綱も金時も三河屋も心配してた。お前なら晴明も含めて仲間入りを歓迎してくれるだろう」
 そして清少納言も、
「ええ、私と楓子ちゃんもお隣だから、何でも甘えて下さってよろしいんですよ」
 それを聞いて桔梗は、
「早くに両親を失って、陰陽師として生きてくと決めてから、こんなに優しくされたことはなかった…皆本当にありがとう」
 桔梗の頬を涙が流れた。そして八百比丘尼たち四人がその手をとって握りしめあった。

 晴明の邸でも、
「桔梗が蘇生したようです。あいつの術返しのおかげで中宮様と親王様が助かりましたからな。烏頭女に刺されたと聞いてどうなることやらと思いましたが、本当に良かったです」
 そう晴明が言うと、厨子の前の忠行も、
「良かった…あいつはもともと悪い奴ではない。近江では庶民の祈祷で多くの人を助けていたが、悪人の暗殺もしている内に強い女でありたいという気持ちが間違った方に進んで、そこを津軽の連中に見込まれてしまっただけだ。これからその力を正しい方に使えば良いだろう」
「はい、全くでございます。ところで、奴ら今夜にもまた出てきそうですね」
「うむ。早速ではあるが、桔梗にもひと働きしてもらわねばならんかもな」

 そして高階邸。
「桔梗が生きている。私が刺して死んだと思っていたのに、八百比丘尼めが…!」
 烏頭女が悔しそうにするが、円能は、
「津軽の連中が全滅してからこっち、あいつにはいろいろ辛かったんじゃないですかな。まああのまま死んだと思えばよろしかろう」
 だが烏頭女は納得しない。
「ですが円能どの、あちらに仲間入りとなればこちらには不利でございますぞ。これは早急に手を打たないと」
 そこで土蜘蛛が、
「まだ鬼蛍は生きてございます。今宵内裏で暴れさせれば」
 そう言うと長髄彦が、
「うむ。だがわしはもう待てない。烏頭女よ、わしも戦闘の準備にかかる。お前の呪力が必要だ」
「はい、承知しました」
 と烏頭女が言った時である。
「神妙にされい!」
 数人の男が入ってきた。検非違使佐とその部下たちであった。
「円能、お前は左大臣道長様に呪いをかけて殺そうとした。晴明どののおかげで未遂に終わったが、その罪は重い。そして高階信順様、光子様。それを指示されたのも同様。厳罰を持って処しまする」
 検非違使佐は更に続ける。
「そして中宮様と親王様をも呪った烏頭女も同罪。同じく捕えさせてもらう」
 未遂に終わったが、道長、彰子中宮、敦康親王の暗殺を企てての呪詛事件とあって、検非違使佐が直々に乗り込んできたのだ。信順、光子、円能は一応素直にそれに従って連れて行かれようとしたが、烏頭女はおろか土蜘蛛、手力男、そして長髄彦の姿はいつの間にか消えていた。
「どうしたんだ、残りの連中は?突然見えなくなったが」
 それに円能が答える。
「奴らこれからとんでもないことをやらかそうとしております。今どうこうは出来ませんが、用心なされたがよろしいですぞ」

 その夜、道満と八百比丘尼は桔梗を伴って内裏に現れた。桔梗はすっかり回復したようである。
「桔梗どの、いろいろ働いて下さったために刺されたと聞きましたが、無事生還で何よりです」
 下鴨の巫女長が言うと、石切の巫女長も、
「桔梗どのが仲間入りとは心強い。私らもジャンジャンバリバリ頑張らんと」
 そして綱と金時も、
「おお桔梗。復活したんだな。それにこの二人と一緒とは…」
「仲間入り、大歓迎ですよ」
 そう言って桔梗に笑顔を向ける。晴明もそちらを見てにっこり微笑んでいる。
「私も忘れてもらっちゃ困りまっせ。桔梗さん、これからよろしく」
 いつの間にか三河屋もそこにいた。火矢発射台・改良三号にもたれながら。
「な、言った通りだろ?」
 道満が言うと桔梗は、
「皆さん、こんな私を温かく…」
 また涙目になるのを八百比丘尼が、
「もういちいち泣かないの。そろそろお出ましになる頃だからね」
「しかし、気配を消すのが巧みなあいつらだから、どこから出てくるかわからんな」
 と綱が言うと道満は、
「大丈夫。烏頭女の落としていった勾玉がある。これで居場所はわかる」
 そう、忠行復活後はほぼ必要がなくなってしまったのでしばらく使っていなかったが、道満がサイコメトリーを使う場面が来た。
 烏頭女の出で立ちについては「巫女装束」としか書いてなかったが、通常の白と赤の上にもう一枚勾玉をあちこちに張りつけた上着を羽織っており、首飾り、耳飾り、腕輪と、とにかく全身勾玉だらけなのだ。
 そして勾玉に両手で触れた道満は、
「そこか!」
 と朱雀門に短剣を投げた。柱に刺さってすぐ、烏頭女、土蜘蛛、手力男が姿を現した。
「フフフ、さすがは道満。大した能力だね」
 烏頭女が不敵な笑みを浮かべて言う。
「おっと、そこにいるのは死にぞこないの桔梗。また殺されに来たか?」
 桔梗はそれに対して、
「烏頭女、もうあんたの思い通りにはいかないよ」
 だがそのやりとりは八百比丘尼に止められた。
「桔梗、すぐにデカいのが出てくるから後、後」
「わかった」
 そして土蜘蛛が命令する。
「出でよ鬼蛍!」
 そして土蜘蛛の手から一匹の蛍が飛んできたと思うと、それは巨大な怪物…妖古代獣・鬼蛍になった。
 そこで晴明も負けずに懐から紙を取り出すと、
「よし、地底竜来臨急急如律令!」
 そして紙はこれまた巨大な怪物になった。もちろん先日忠行から賜った式神だが、鋭い目つきと尖った口が特徴である。
「行け地底竜よ!」
 そして地底竜と呼ばれた式神は鬼蛍に襲い掛かった。怪力で鬼蛍を圧倒し、尻尾で殴りつけ、地面に押し倒して殴りつける。圧倒的に地底竜の優勢であった。
「おっしゃ、いてまえいてまえ!」
 むろん石切の巫女長である。そして地底竜は鬼蛍を羽交い絞めにして、一同の方にその顔を向けた。
「よし、出番だ」
 三河屋が火矢発射台・改良三号の円筒を鬼蛍に向けて回転させ、その顔に次々刺さって矢の輪を描いた。
「桔梗、お前も加わってくれ」
 いつもの三人に桔梗も加わって術を結集、鬼蛍の顔面を光が直撃した。鬼蛍は煙のように消滅した。
「やったね桔梗!」
 八百比丘尼が桔梗の手を取って小躍りした。
「この私が…妖古代獣を…」
 桔梗は思いがけない戦果に呆気に取られていた。
「おのれ俺の最後の妖古代獣を…!」
 土蜘蛛が戦闘時の蜘蛛男の姿になるが、そこに綱が、
「お前ともこれが最後の戦いになるな」
 と言って近寄った。いつもの通り土蜘蛛は糸を吐いて綱をぐるぐる巻きにした。
「全く学習せん奴だな」
 と嘲笑うが今回は違った。綱は体の前に刀を構えており、「ふんっ!」と一太刀でその糸を斬り裂いたのだ。
「土蜘蛛、勝負あった!」
 綱は土蜘蛛を袈裟懸けに斬り、更にみぞおちに突き刺した。
「うおおお…」
 土蜘蛛は流血しながら倒れた。その姿は人間くらいの巨大な蜘蛛になり、やがて完全に息絶えた。
「やっぱりこいつ、蜘蛛そのものだったのか…」
 綱の戦いが終わった頃、金時も手力男と肉弾戦の最中だった。だが酒呑童子等を相手に特訓を重ねた金時は格段に強くなっている。喉元への地獄突きや肘打ちを繰り返し、手力男の巨体を持ち上げ、楼閣の礎石に向けて放り投げた。手力男は頭を礎石にぶつけて動かなくなり、そのまま絶命した。
「やった!俺たちの宿敵どもも倒したぞ!」
 綱は金時とともに喜び合った。
「どうだ桔梗。お前の仲間入りが皆の士気を高めたんだ」
 晴明がそう言うと桔梗は、
「あっちでは今までずっと足の引っ張り合いだったのに、こんなにまとまった仲間たち、初めて見た…」
「そうよ。私たちの仲間は皆温かくて深い絆で結ばれてるんだから。さ、桔梗」
 八百比丘尼に促され、全員が手に手を重ねた上に桔梗もその手を乗せた。皆が笑顔でうなずいた。

「私がいるのを忘れるんじゃないよ」
 そう、まだ烏頭女が残っていたのだ。
「烏頭女!」
「長髄彦様が直々にお出ましになる前に、もう一匹相手してもらおうか」
 そして烏頭女は木簡を取り出し、呪文を唱えた。
「出でよ古代獣・魔竜王!」
 そう叫んで木簡を地面に突き刺した。やがて大きな咆哮が地面から聞こえた。
 
 さあ、次は如何なる怪物が出てくるのか? 

 …次回へ続く。

ホタルンガ

 ある日、高階邸では光子が珍しく激昂していた。
「もう我慢がなりませぬ。兄上、我らの目的は中関白家再興のために邪魔な道長を暗殺することのはず。なのに小蝿のような連中との戦いで尖兵となった者どもを失うばかり。ここは道長暗殺に精力を傾けるべきではありませんか?」
「うむ、邪魔になる晴明たちを倒すことばかりに気を取られていたが、本来の目的はそちら。いい加減道長を消してしまう方が大事だな」
 信順が答えると、光子はそれに続ける。
「そうでしょう?事実上の朝廷の頭を失えば奴らも大打撃に違いありませぬ。円能どの、一刻も早く呪詛をお願いします」
「はっ、承知しました」
 円能がそう答えると、烏頭女が慌てた。
「とは言え、あいつらは邪魔立てに出てくること間違いありません。如何致しましょうか?」
「妖古代獣に暴れさせて奴らの注意を引き、道長から遠ざけることではないですかな?」
 円能の答えに長髄彦が、
「うむ、それも良い方法だな。では皆の者、それぞれの準備にかかれ」
「はっ」
 そしてそれぞれが呪詛や妖古代獣による戦闘の準備にかかった。

 宮中では晴明が道長に語り掛けていた。
「まだ公には出来ませんが、彰子中宮様に懐妊の兆候が見られます。しかも健康な男子がお生まれになります」
 晴明が明るい未来を予知したことで、道長の顔がほころんだ。
「おお、そうか。彰子になかなか子供が出来ぬゆえ、敦康を将来の帝にせねばならぬかと思っていたが、私の孫とあれば堂々と外戚になれるな」
 敦康親王は定子皇后の子であり、定子が出家すると同時に彰子に預けられたのだが、彰子は我が子同然に可愛がり、道長も情が移って同じく可愛がっていたのだ。しかし自分の血を引く孫が出来るとあれば将来の皇位に就く者としてそちらに愛情が移ることは間違いない。
「いやあ、これはめでたい知らせだ。しかし敦康には可哀想なことになってしまうな。まあまだ先のことだからいいか」
 道長がそう言った時である。
「うう、苦しい…」
 彼は突然苦しみ出した。胸を掻きむしり、顔面蒼白になっている。
「どうされました?道長様!」
 晴明が寄り添い、それが呪詛によるものだと察知した。
「円能が呪いをかけているようだ。ならば術返し!」
 そして晴明はそれに対抗する呪文を唱え出した。
 が、そうそう事は順調に進まない。晴明の肩にどこからか飛んできた短剣が刺さった。
「桔梗!」
 短剣の飛んできた方向を見ると、物陰から桔梗の姿が見えていた。
「晴明、円能様の術を跳ね返させはしないよ」

 高階邸では円能が呪詛を続けている。
「どうやら彰子中宮が懐妊したようです。だがここで道長を殺せば朝廷も総崩れですな」
 そして引き続き呪文を唱えるが、烏頭女が不敵な笑みを浮かべた。
「中宮が懐妊か。良いことを聞いたぞ」

 彰子の懐妊など知る由もない女官たちはいつも通り文芸教育をしていたのだが、
「う、胸が、胸が…」
 突然苦しみ出した彰子の周りを女官たちが取り囲み、
「どうされました?中宮様」
 紫式部が声をかけた。彰子の顔色は見る見る青ざめていた。
「ううう…」
 近くにいた敦康親王までが同様に苦しんでいる。
「これは何者かが呪いをかけているに違いありません」
 赤染衛門がそう言い、晴明を探したが、道長にかけられた呪いを返すために肩に短剣の刺さったままその呪法を続けている。
「ああ…どうすれば…」
 だがその危機を救ったのは意外な人物だった。
「烏頭女め、関係のない女子供にまで呪いをかけるとは。ならば私も術返し!」
 なんと桔梗が彰子と敦康にかけられた呪いを跳ね返す呪文を唱えているのだ。
「き、桔梗!」
 伊勢大輔が驚きの声を上げた。そして呪いは収まったのか、桔梗は一同の方を向いて声をかけた。
「もう大丈夫。あとは晴明が道長様にかけられた呪いを跳ね返すだけ」
 一方の晴明も、対抗する相手が円能ということもあって苦戦していたが、ひときわ大きく力を込めて念じたのが功を奏し、完全に呪いをはじき返したようである。
「桔梗、お前まさか中宮様と親王様を…」
 晴明がやっと肩の刀を抜きながら桔梗に話しかけた。
「ああ、本来の目的である道長だけならともかく、罪もない女子供にまで呪いをかけた烏頭女が許せなかった、それだけだよ」
「円能のみならず烏頭女までもが…これは大変なことになったな」
 そこに保昌が刀を持って現れた。
「桔梗、なぜお前がこんなところに。この場で成敗してくれよう」
 そして刀の柄に手をかけるが、和泉式部が間に入って止めた。
「お待ち下さい保昌様!桔梗どのは中宮様と親王様を助けてくれたんですよ」
 敦康もそれに続く。
「そうだよ、このお姉さんはいい人だよ」
 そう言われて保昌は刀から手を退けた。
「いい人…この私が…」
 複雑な表情をして桔梗はその場を去った。

「おのれ桔梗め、裏切りおったな!」
 高階邸では烏頭女が激しい怒りの表情になっていた。
「土蜘蛛、手力男、すぐに妖古代獣を用意せよ。そしてそなたたちも配置に付きなさい」
「はっ!」
 そして二人はその場を離れた。
「道長のみならず中宮や親王にまで呪いをかけるとはやりすぎでしょうに」
 光子がそう言うが、烏頭女は聞く耳を持たない。
「朝廷を崩壊させる絶好の機会だったのに。裏切者は許さん!」 

 その夕方、清少納言の邸に八百比丘尼と綱、金時が集まっていた。
「円能が道長様に呪いをかけたようですが、晴明様が食い止めて事なきを得たようです。物騒なことになりましたね」
 八百比丘尼が言うと金時も、
「奴ら、とうとう本腰を入れ始めましたね。これは心してかからぬと」
 そこで綱が、
「ところで道満と楓子さんは?」
 清少納言がそれに答える。
「二人で鴨川の河原に行っております。まあここは見守りましょう」
 だが八百比丘尼の表情が硬くなった。
「不吉な予感がする…大変なことが起こりそうです」

 清少納言が言った通り、道満と楓子は鴨川の河原に腰かけて語り合っていた。
「楓子さん、寒くないですか?」
「いえ大丈夫です。先生のお話はいつも楽しいですわ」
「いや私の冗談のことじゃないんですが…」
 などと話していると、楓子が何やら珍しいものを見つけたようで、
「あら、蛍。なんとまた季節外れな」 
 楓子が蛍の飛んでいるのを見つけたようである。
 だがそんな平和な光景もそこで終わった。蛍が川の方へ飛んで行き、そこに巨大な化け物が現れたのだ。姿形は異なるが、光る尾を持った様子は蛍を思わせた。
「また出たか化け物め!」
 そして道満が呪文を唱えて対抗するが効き目がない。やがて化け物…妖古代獣は尻尾を二人の方に向け、光とともに二人を吸い込んだ。
 その様子を見ていた配達帰りの三河屋が、
「あららお二人さん、えらいこっちゃ…なんて言ってる場合ちゃうわ」
 そして手押車を妖古代獣に向け、取手を思いっきり下げて数本の矢を放った。
「こんなこともあろうかと思ってな、配達用のにも細工してあるねん」
 だが火もついていなければ本数も少ないのでほとんど効き目はなかった。

「フフフ、道満よ。愛する者と一緒に閉じ込められていい気分だろう。この鬼蛍の尻尾はな、内側からどんなに刀で斬りつけようが術を使おうが抜け出せないようになっているのだ」
 土蜘蛛が戦闘時の蜘蛛の顔で呟いた。
 その言葉通り、道満と楓子は鬼蛍の尻尾の中に閉じ込められ、道満が刀で斬りつけても術を使っても全く受け付けないのだ。
「いかん、こいつは八百比丘尼に…」
 とテレパシーを送ろうとするが、それも遮られてしまうようで、全く外部と連絡が取れない。
「どうしたことだ、脳内会話も出来ないとは…」
 だがその時、外から声が聞こえた。
「道満どの、助けに来ましたぞ」
 金時の声であった。二人が鬼蛍の尻尾に吸い込まれるところまで透視で見ていた八百比丘尼が綱と金時を連れてきたのだ。そして金時はその拳や手刀で、綱は刀で攻撃するが、やはり効果がない。八百比丘尼も念力を発動するがそれもまた同じことだった。
 だがその時であった。
「そいつの尾は馬鹿力も刀も、そして八百比丘尼の念力も効かないよ。河内連中の呪文じゃないとね」
「桔梗!」
 三人が驚きの声を上げた。
「あんた、また邪魔しに来たのか?」
 八百比丘尼の問いに対する桔梗の答えは意外なものだった。
「いや、道満がこんな形で閉じ込められたら、あんたと勝負どこじゃない。あくまで公平じゃなきゃね」
「でも、河内の連中の呪文しか効かないんじゃあ…」
「大丈夫、私が盗み聞きして覚えてるから」
 そして桔梗が呪文を唱え、鬼蛍の尻尾に指を向けて光を放った。尻尾は縦に避けて道満と楓子は無事に出てきた。同時に鬼蛍の姿もかき消すように見えなくなっていた。
「楓子ちゃん、先生、無事で良かった…」
 いつの間にか三人の後ろにいた清少納言もその姿を見て安堵したようだった。
「いやあ、良かったですよ。いつもの火矢発射台みたいなわけにはいかんから、どないしよ思ってたんですがね」
 三河屋も同じくのようだった。
「しかし誰が助けてくれたんだ?」
 道満が問うと八百比丘尼は、
「桔梗だよ。勝負は公平じゃなきゃって、河内連中の呪文を使ってくれたのよ」
「桔梗、すまんな。まさかお前が助けてくれるとは」
「感謝されるほどのことはないよ。私はこんなやり方は嫌いだから」
 桔梗が照れ笑いしながらそう言った時のこと。
「うっ!」
 桔梗の背中から胸にかけて刀が刺し貫かれていた。
「き、桔梗!」
 一同がそちらを見ると、後ろに立っていたのはなんと、烏頭女であった。
「烏頭女、お前仲間を…!」
 綱が憤慨して言うが、烏頭女は冷静に答える。
「仲間を裏切ったのはこいつだよ。私が中宮と親王にかけた呪いを跳ね返し、道満と楓子を救い出し、お前たちの有利になることしかやってない。それを裏切りと呼ばずして何と呼ぼう。こいつはもう用済みだ。お前たちの相手は残った面子でしてやるよ」
 そしてそのまま姿を消した。
「桔梗、大丈夫か?」
 そこにいる全員が倒れた桔梗に駆け寄ってくるが、背中から刺し貫かれて大丈夫なわけがない。流血とともに桔梗の顔は青ざめていく。

 桔梗は八百比丘尼との勝負を果たすこともなく、このまま死んでしまうのか?

 …次回へ続く。
 

↑このページのトップヘ