「うーむ、そなたの家の貧困は貧乏神によるものと思われる。これは早速退治にかからないと」
道満が自宅兼祈祷所を離れて顧客の家で依頼の仕事をしている。実は道満、自分のところで祈祷をすることよりも、難病治療をはじめこういった出張サービスがメインなのである。
「び、貧乏神?そりゃ金も残らないはずだ。先生、そいつは簡単に退治出来るもんなのですか?」
依頼人は慌てふためいた。
「こいつはかなり質の悪い奴ですが、まあ私の力ならたやすい」
そして道満が呪文を唱えると、屋根裏から何やらゴソゴソと音がして、そこから煙のようなものが出てきて、人間らしき姿になって落ちてきた。但し、二目と見られぬほどのみすぼらしい姿をしている。
「こいつが貧乏神ですか?」
依頼人の問いに道満は答える。
「左様。こいつに住み着かれていたためにそなたは貧乏暮らしをやむなくされていたのだ」
そして道満は貧乏神の方を睨みつけた。
「お、お助けを…」
貧乏神は命乞いするが、道満は聞く耳を持たない。
「問答無用。臨兵闘者皆陣烈在前!」
そして強烈な念波を発し、貧乏神を消滅させた。
「あ、ありがとうございます。これで貧乏から解放される…」
依頼人は安心したように言うが、道満は忠告する。
「こいつを呼び込んでしまったのはそなたの心がけにも原因がある。節制に励むことだ」
そして道満は依頼人の家を後にした。
同じ頃、八百比丘尼の家。
「今日は珍しく暇ねえ…でも仕事の日の昼間から飲んだくれるわけにもいかないし」
そう言っていると、一人の若い女が入ってきた。
「あなたが名高い八百比丘尼様ですか」
中性的な容貌…とは言っても、いつかの客のような女装した男みたいな顔ではなく、凛々しい美少年といった雰囲気である。ただ、普通の女性の軽装ではなく、黒っぽい巫女装束のようなのが奇異であった。
「ご相談ですか?それならこちらへお座り下さい」
八百比丘尼がそう言うのに対する女の答えはまさかのものだった。
「八百比丘尼様、お命頂戴に上がりました」
そして刀を抜いて斬りかかった。
「私がなぜ八百比丘尼と呼ばれるかわからないか?私は八百年は不死身の体を持ちますゆえ、刀で殺すことは出来ませぬ」
八百比丘尼は落ち着いた口調で言うが、女は口元に笑みを浮かべて返す。
「その答えは予想していた。私は高階光子様の命を受け、暗殺に参った。桔梗と申しまする」
桔梗と名乗った女は呪文を唱えて、仕込み杖の刀を抜きかけた八百比丘尼の動きを封じ、つかつかと近づいてその首を刎ねた。
「八百比丘尼、敗れたり」
さて八百比丘尼がそうなったとあれば、晴明がそれを知らぬわけはない。もちろん道満もだが。
「いかん、八百比丘尼が首を刎ねられた。すぐにそちらに向かわねば」
そして邸を駆け出すが、一人の男に呼び止められた。もちろん円能である。
「円能、お前とは何度勝負しても決着がつかず、お前はいつも逃げる。邪魔だ」
だが円能の答えも意外だった。
「私は一対一の対等な勝負がしたいだけだ。今なら邪魔も入らない。桔梗が金星を上げたからには私も負けるわけにはいかん」
そして刀を抜き、峰に指を当てて呪文を唱え出した。いつも二人は本気でぶつかり合っているのだが、肝心なところで場面転換するのでそれが見えないだけだ。が、今回は円能にもかなりの本気が見られた。
「そのくらいは想定内だ」
晴明はそう言って、同じく刀に念を込め、二人で刀を交えた。双方がまたかなりの腕前のために、例の如くなかなか勝負がつかない。だが鍔迫り合いに持ち込み、一瞬離れた隙を狙って円能が呪文を唱えてこれまた晴明の動きを封じた。
「晴明、勝負あった!」
そして晴明の首も刎ねられ、円能の足元に転がった。
所変わって高階光子の邸。
「光子様、この桔梗、八百比丘尼の首を取って参りました」
そう言って首を光子の前に差し出す。こういう場合、普通なら気持ち悪くなるものだが、光子は表情一つ変えず、微笑さえ浮かべながらその首を手に取り、こう言った。
「桔梗どの、こちらに来られていきなりの戦果。大したものですね」
「ありがたき幸せにございます」
そこに堯角がこう言う。
「さすがは私と幻海が目を付けただけのことはございます」
だがもう一方の幻海は、
「ところで円能はどうしたのだ。また逃げて帰ってくるのではあるまいな」
「残念だな幻海。私も晴明の首を取って参ったぞ」
そう言って部屋に入ってきた円能も、晴明の首を光子に差し出した。
「おお円能どのも。あとは道満、そして道長の首を取れば都の支配権は我らのもの。ほっほっほっ!」
光子は高らかに笑ったが、堯角が不審な顔をして言った。
「それにしてもこの首二つ、血が流れておりませぬが」
そう、首を刎ねたら流血も並大抵のものではないはずだし、桔梗も円能もほとんど返り血を浴びていないのだ。
「奴らは不死身の体ゆえ、血流が普通の人間とは違うのだろう。だが首と胴体を斬り離せばまさかこいつらも生きてはおるまい」
円能がそう言った時である。
「残念だがそのまさかだ」
晴明の首が口を開いて言った。
「そう、これで死ぬなら私もとっくにこうしてもらっている」
八百比丘尼も同様に言った。
その場にいた光子と術者四人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「こうして根城に潜入出来たんだから、感謝せんとな」
晴明がそう言うのに、幻海が興奮しながら答える。
「うむむ、だが首だけで何が出来る!」
その時、その部屋の中で煙のようなものがもやもやと形になり、それは晴明と八百比丘尼の胴体になった。そしてそれぞれの首は胴体に向かって飛び、何事もなかったかのように元通りになった。
「さあ、これで元通り。勝負の続きを始めましょうか」
八百比丘尼がそう言った時である。
「俺もいることを忘れるな」
どこからともなく道満が現れた。
「お前ら、そんな手の込んだことしなくても、ここの場所は俺が知ってるのに」
「まあ、こいつらを油断させようと思ってな」
晴明がそう言い、三人は刀を構えた。
「じゃあこちらから反撃と行くか」
その時、堯角と幻海が強烈な冷気を放った。
「お前たちが炎を放つ前に先制攻撃だ」
晴明と道満は寒さで印が結べず、八百比丘尼も念を送ることが出来ない。
「いかん、一旦退却だ」
晴明が言うのに従い、三人は邸から逃げ去った。
その夜、清少納言の邸にて。
「毎度、三河屋です」
三河屋が配達に来たので、清少納言は楓子に言う。
「楓子ちゃん、お願いね」
「承知しました」
そして三河屋は酒樽を運び込み、楓子が代金を払った。
「我々は堯角同様、刀が体をすり抜ける体質ゆえ、首を刎ねられることなどないのですが、今回はちょっと意外でした」
晴明がそう言い、八百比丘尼が続ける。
「それにしても、円能はともかく、あの桔梗という娘は今回一撃で倒せませんでした。これから因縁の戦いになりそうです」
「そうか、お前にも宿敵登場だな」
道満が言うと八百比丘尼は、
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないって。でも本当に宿敵になるかもね」
そこに綱が続く。
「前回の鬼は私がとどめを刺したが、今回は誰も倒せなかった。そういうこともありますか…金時、我々も油断ならんな」
「そうですね」
その瞬間、忠行が女の式神を両方に従えて姿を現した。
「せ、先生!」
一同が驚いていると、忠行はこう言う。
「次の戦いは総力戦になるぞ。皆心してかかるが良い」
「はっ」
それに慌てた清少納言が、
「私と楓子ちゃんも何か訓練した方がいいのかしら」
だが忠行の答えはこうだった。
「いや、女人たちには危ない目はさせん。おとなしくしておられるが良い」
そしてまだ玄関先で待っていたのか、三河屋も顔を覗かせた。
「私も協力出来たらさせてもらいまっせ」
邸の外で、桔梗が悔しそうにしていた。
「いくら不死身の体でも、あの状態で生きているとは。だが少なくとも八百比丘尼は私がこの手で倒す。まだ勝負はこれからだね」
そしてその場を去っていった。