2020年07月

安倍晴明3

「うーむ、そなたの家の貧困は貧乏神によるものと思われる。これは早速退治にかからないと」
 道満が自宅兼祈祷所を離れて顧客の家で依頼の仕事をしている。実は道満、自分のところで祈祷をすることよりも、難病治療をはじめこういった出張サービスがメインなのである。
「び、貧乏神?そりゃ金も残らないはずだ。先生、そいつは簡単に退治出来るもんなのですか?」
 依頼人は慌てふためいた。
「こいつはかなり質の悪い奴ですが、まあ私の力ならたやすい」
 そして道満が呪文を唱えると、屋根裏から何やらゴソゴソと音がして、そこから煙のようなものが出てきて、人間らしき姿になって落ちてきた。但し、二目と見られぬほどのみすぼらしい姿をしている。
「こいつが貧乏神ですか?」
 依頼人の問いに道満は答える。
「左様。こいつに住み着かれていたためにそなたは貧乏暮らしをやむなくされていたのだ」
 そして道満は貧乏神の方を睨みつけた。
「お、お助けを…」
 貧乏神は命乞いするが、道満は聞く耳を持たない。
「問答無用。臨兵闘者皆陣烈在前!」
 そして強烈な念波を発し、貧乏神を消滅させた。
「あ、ありがとうございます。これで貧乏から解放される…」
 依頼人は安心したように言うが、道満は忠告する。
「こいつを呼び込んでしまったのはそなたの心がけにも原因がある。節制に励むことだ」
 そして道満は依頼人の家を後にした。

 同じ頃、八百比丘尼の家。
「今日は珍しく暇ねえ…でも仕事の日の昼間から飲んだくれるわけにもいかないし」
 そう言っていると、一人の若い女が入ってきた。
「あなたが名高い八百比丘尼様ですか」
 中性的な容貌…とは言っても、いつかの客のような女装した男みたいな顔ではなく、凛々しい美少年といった雰囲気である。ただ、普通の女性の軽装ではなく、黒っぽい巫女装束のようなのが奇異であった。
「ご相談ですか?それならこちらへお座り下さい」
 八百比丘尼がそう言うのに対する女の答えはまさかのものだった。
「八百比丘尼様、お命頂戴に上がりました」
 そして刀を抜いて斬りかかった。
「私がなぜ八百比丘尼と呼ばれるかわからないか?私は八百年は不死身の体を持ちますゆえ、刀で殺すことは出来ませぬ」
 八百比丘尼は落ち着いた口調で言うが、女は口元に笑みを浮かべて返す。
「その答えは予想していた。私は高階光子様の命を受け、暗殺に参った。桔梗と申しまする」
 桔梗と名乗った女は呪文を唱えて、仕込み杖の刀を抜きかけた八百比丘尼の動きを封じ、つかつかと近づいてその首を刎ねた。
「八百比丘尼、敗れたり」

 さて八百比丘尼がそうなったとあれば、晴明がそれを知らぬわけはない。もちろん道満もだが。
「いかん、八百比丘尼が首を刎ねられた。すぐにそちらに向かわねば」
 そして邸を駆け出すが、一人の男に呼び止められた。もちろん円能である。
「円能、お前とは何度勝負しても決着がつかず、お前はいつも逃げる。邪魔だ」
 だが円能の答えも意外だった。
「私は一対一の対等な勝負がしたいだけだ。今なら邪魔も入らない。桔梗が金星を上げたからには私も負けるわけにはいかん」
 そして刀を抜き、峰に指を当てて呪文を唱え出した。いつも二人は本気でぶつかり合っているのだが、肝心なところで場面転換するのでそれが見えないだけだ。が、今回は円能にもかなりの本気が見られた。
「そのくらいは想定内だ」 
 晴明はそう言って、同じく刀に念を込め、二人で刀を交えた。双方がまたかなりの腕前のために、例の如くなかなか勝負がつかない。だが鍔迫り合いに持ち込み、一瞬離れた隙を狙って円能が呪文を唱えてこれまた晴明の動きを封じた。
「晴明、勝負あった!」 
 そして晴明の首も刎ねられ、円能の足元に転がった。

 所変わって高階光子の邸。
「光子様、この桔梗、八百比丘尼の首を取って参りました」
 そう言って首を光子の前に差し出す。こういう場合、普通なら気持ち悪くなるものだが、光子は表情一つ変えず、微笑さえ浮かべながらその首を手に取り、こう言った。
「桔梗どの、こちらに来られていきなりの戦果。大したものですね」
「ありがたき幸せにございます」
 そこに堯角がこう言う。
「さすがは私と幻海が目を付けただけのことはございます」
 だがもう一方の幻海は、
「ところで円能はどうしたのだ。また逃げて帰ってくるのではあるまいな」
「残念だな幻海。私も晴明の首を取って参ったぞ」
 そう言って部屋に入ってきた円能も、晴明の首を光子に差し出した。
「おお円能どのも。あとは道満、そして道長の首を取れば都の支配権は我らのもの。ほっほっほっ!」
 光子は高らかに笑ったが、堯角が不審な顔をして言った。
「それにしてもこの首二つ、血が流れておりませぬが」
 そう、首を刎ねたら流血も並大抵のものではないはずだし、桔梗も円能もほとんど返り血を浴びていないのだ。
「奴らは不死身の体ゆえ、血流が普通の人間とは違うのだろう。だが首と胴体を斬り離せばまさかこいつらも生きてはおるまい」
 円能がそう言った時である。
「残念だがそのまさかだ」
 晴明の首が口を開いて言った。
「そう、これで死ぬなら私もとっくにこうしてもらっている」
 八百比丘尼も同様に言った。
 その場にいた光子と術者四人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「こうして根城に潜入出来たんだから、感謝せんとな」
 晴明がそう言うのに、幻海が興奮しながら答える。
「うむむ、だが首だけで何が出来る!」
 その時、その部屋の中で煙のようなものがもやもやと形になり、それは晴明と八百比丘尼の胴体になった。そしてそれぞれの首は胴体に向かって飛び、何事もなかったかのように元通りになった。
「さあ、これで元通り。勝負の続きを始めましょうか」
 八百比丘尼がそう言った時である。
「俺もいることを忘れるな」
 どこからともなく道満が現れた。
「お前ら、そんな手の込んだことしなくても、ここの場所は俺が知ってるのに」
「まあ、こいつらを油断させようと思ってな」
 晴明がそう言い、三人は刀を構えた。
「じゃあこちらから反撃と行くか」
 その時、堯角と幻海が強烈な冷気を放った。
「お前たちが炎を放つ前に先制攻撃だ」
 晴明と道満は寒さで印が結べず、八百比丘尼も念を送ることが出来ない。
「いかん、一旦退却だ」
 晴明が言うのに従い、三人は邸から逃げ去った。

 その夜、清少納言の邸にて。
「毎度、三河屋です」
 三河屋が配達に来たので、清少納言は楓子に言う。
「楓子ちゃん、お願いね」
「承知しました」
 そして三河屋は酒樽を運び込み、楓子が代金を払った。
「我々は堯角同様、刀が体をすり抜ける体質ゆえ、首を刎ねられることなどないのですが、今回はちょっと意外でした」 
 晴明がそう言い、八百比丘尼が続ける。
「それにしても、円能はともかく、あの桔梗という娘は今回一撃で倒せませんでした。これから因縁の戦いになりそうです」 
「そうか、お前にも宿敵登場だな」
 道満が言うと八百比丘尼は、
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないって。でも本当に宿敵になるかもね」
 そこに綱が続く。
「前回の鬼は私がとどめを刺したが、今回は誰も倒せなかった。そういうこともありますか…金時、我々も油断ならんな」
「そうですね」
 その瞬間、忠行が女の式神を両方に従えて姿を現した。
「せ、先生!」
 一同が驚いていると、忠行はこう言う。 
「次の戦いは総力戦になるぞ。皆心してかかるが良い」
「はっ」
 それに慌てた清少納言が、
「私と楓子ちゃんも何か訓練した方がいいのかしら」
 だが忠行の答えはこうだった。
「いや、女人たちには危ない目はさせん。おとなしくしておられるが良い」
 そしてまだ玄関先で待っていたのか、三河屋も顔を覗かせた。
「私も協力出来たらさせてもらいまっせ」

 邸の外で、桔梗が悔しそうにしていた。
「いくら不死身の体でも、あの状態で生きているとは。だが少なくとも八百比丘尼は私がこの手で倒す。まだ勝負はこれからだね」 
 そしてその場を去っていった。

鬼1

 ある夜、都の外れで一人の男がニヤニヤと笑いながら歩いていた。
「フフフ、偉い人からはたんまり取れるからいいぜ。過去の悪行を遡って脅したら、ほれこの通り」
 そして巾着袋を開けて再びその口をくくった。その時、背後から何やら声がした。
「おい男、何だか楽しそうだな」
 振り向いたところにいたのは、どす黒い顔をした鬼であった。
「お、鬼!」
 このところ鬼が出たという話も聞かなくなっていたので安心していたところにこれであった。男は腰を抜かし、声も出せずにその場にへたり込んだ。
 鬼は男の喉元に食らいつき、ガリガリとその頭から体からむさぼった。

 数日後、宮中にて。
「皆様、このところ残酷な形での殺人がいくつか見受けられます。死体は食いちぎられ、血をすすられと、鬼の仕業としか思えないのです」
 検非違使佐がそう切り出した。そこには藤原道長、源頼光、安倍晴明、大江匡衡、そして蔵人頭が集まっていた。
 道長がそこでこう言った。
「酒呑童子が来てからというもの、都で鬼が悪さをすることはなくなっていたが、これは一大事だ。晴明、何か心当たりはないか?」
 晴明がそれに答える。
「道満が酒呑童子に尋ねたところ、都の鬼どもには悪人と死人以外食べるなと厳しく通達しているので、ここしばらく続いているのは都に昔から住んでいる鬼どもではないとのことです」
「とは言っても所詮は鬼、いつ豹変して普通の人間を襲うとも限りませぬ」
 匡衡がそう言うが、晴明は首を横に振る。
「いや、そこは比叡山と大江山を守ってきた酒呑童子、あちこちの鬼に神通力で問い合わせるも、全く心当たりがないとのことでした。羅生門の河童、じゃない、鬼も死体しか食べないから尚更」
 そこで蔵人頭が、
「先日、晴明どのは何やら怪しい陰陽師と戦いを始めかけていましたな。その者の関係では?」
 それに対する晴明の答えはこうだった。
「はい、あの男…円能が津軽から呼んだという堯角と幻海という手練れがおりまして、恐らくはその者たちが連れてきたのではないかと」
 頼光がそこに口を挟む。
「両面宿儺も円能が呼び寄せた陰陽師が操っておりましたしな。ここは私と晴明どのにお任せ下さらんか?」 
 検非違使佐がそれに答えた。
「よし、頼光どの、晴明どの、あとはお任せする。場合によっては私も出動致す」
「はっ」
 
 所変わって高階光子の邸。
「最近都で鬼の仕業と思われる殺しが多発しておるようですが、お二人の手の者ですかな?」
 相変わらず冷ややかに光子が言うと、幻海がそれに答える。
「はっ、私が連れてきた豪鬼によるものでございます。豪鬼、こちらへ」
 そして現れたのは、厳つい顔をした坊主頭の男であった。
「豪鬼にございます」
 この男が鬼の大将であろう。もちろん邸内だから角も牙も生やしていないが、その姿には独特の奇怪なものが漂っている。
 だがそこで円能が口を挟んできた。
「酒呑童子が来て以来、都の鬼どもは悪人と死人以外食べることを禁じられ、夜の都も安全なものだ。今のところはその者の部下たちも盗人のような悪人しか襲ってはいないようだが、それ以外の一般人は襲ってはいかんぞ」
「お前に言われなくともわかっておるわ!」
 幻海が噛みつくが、そこで光子が珍しく語気を強めた。
「お黙りなさい!」
 言い争っていた二人が黙った。そこで堯角がこう言った。
「何度も申しておるではないか。我らは中関白家再興のために協力する仲間ではないか」
「左様。そしてそこに至るまでに道長を暗殺せねばなりません。しかしそれを阻むのが安倍晴明とその仲間。奴らは不死身の体を持っているのが何よりこちらには不利ですが、そなたたちが力を合わせれば赤子の手をひねるよりもたやすいでしょうに」
 美しい姿形を持っていながら、何とも恐ろしいことを冷ややかに言うものである。
「それではこの度は幻海に任すと致しましょう」
 堯角がそう言ってまとめた。

 再び所変わって渡辺綱の邸。八百比丘尼が綱から剣術の指南を受けている。
「八百比丘尼様、また一段と上達しましたな」
「まだまだでございます。これでもまだへっぴり腰の道満には及ばないんですから」
 などというやり取りをしているところに、その道満がやってきた。実は道満、こう見えて剣の腕はかなりのものなのだ。それでも八百比丘尼が綱に教わっているのは、あまりにその構えがカッコ悪いからである。
「おう、へっぴり腰だが。最近の、鬼と思われる猟奇殺人は知っておるな?」
「ああ、もちろん。頼光様からも聞いている」
「俺たちとお前たちだけでも叶うか心配だ。人は多いに越したことはない」
「その点は大丈夫だ。俺の師匠を呼んである。保昌様!」
 綱がそう言うと、邸の方から一人の厳つい顔で体つきもごっつい男が現れた。
「私が藤原保昌だ。そなたは?」
「はっ、この八百比丘尼そして安倍晴明とは古くからの腐れ縁、民間の陰陽師・芦屋道満でございます」
「そなたが道満か。よろしくな」
 それから保昌が話し出すが、これがまた立て板に水の如く喋る喋る。なのでそこは割愛。
 話が佳境に入ろうとしたところで道満が止める。
「保昌様、いいところですがこの辺で本題を。晴明が奴の次に現れる時間と場所を予知しました。今日の晩、朱雀門の付近。既にあちこちに声をかけて仲間を集めておりまする。綱、あれの準備は出来てるな?」
「鬼斬丸か。もちろん!」

 その晩、道長が倫子と一緒に飲んでいると、どこから現れたか一人の美男子が立っていた。
「お主、何者だ?」
「私は陰陽師・円能。道長様、お命頂戴しに参上した」
 そして円能は刀を抜いて道長に斬りかかった。だがそこで別の刀が一閃、それを食い止めた。
「晴明!」
 そう、晴明のことだからここまで予知していたのだ。
「おのれ、また邪魔しに現れたか!」
「私は道長様をお守りするのが役目。このくらいは予測しておった」
 そして二人はまたもや術で熾烈な戦いを始めた。

 一方、朱雀門の周りには大人数が待ち構えていた。道満と八百比丘尼はもちろん、頼光とその部下たち…綱、金時、貞光、季武…に加えて保昌、検非違使佐、下鴨神社の巫女長、そして酒吞童子と羅生門の鬼であった。更には幻影のようなものではあるが忠行も。
「もうじき鬼どもが現れる。心してかかるように」
「はっ!」
 そして酒樽を乗せた車を引っ張って三河屋が現れた。もちろん囮である。
「待て酒屋」
 どす黒い顔の鬼が現れた。そう、豪鬼である。
「で、出た!」
 三河屋が声を上げると、綱がそこに姿を現した。
「高階光子の手の者だな。この渡辺綱が成敗してくれる。覚悟!」
 そして綱は鬼斬丸を抜いた。そこで豪鬼も豪快に笑いながら、
「お前の仲間たちが隠れているのはわかっている。ならばこちらも」
 そう言ってどこからともなく赤鬼・青鬼の群れが現れた。
「よし、皆出てきていいぞ!」
 呼ばれると間もなく全員が出動、鬼たちと戦いを始めた。それぞれ術や超能力、刀で鬼たちを倒していく。本物の鬼たちは本来の姿で。酒呑童子はもちろんだが、羅生門の鬼も意外に健闘している。
「残りはお前一人だな」
 と言う間もなく、酒呑童子の体が倍化した。
「よくも俺の家来どもを!」
 そして豪鬼も同じくらいの大きさになってぶつかり合った。互いに殴り、投げ飛ばし、噛みつき、引っかき合いながら。やがて酒呑童子が有利になったようで、豪鬼を羽交い絞めにした。
「綱どの、早く!」
 そして綱は鬼斬丸を抜いた。
「豪鬼、伝家の宝刀・鬼斬丸を受けてみよ!」
 高く跳び上がった綱の刀は豪鬼の頭から股下まで斬り裂き、豪鬼はその場に倒れて息絶えた。 
「やった…」
 そこにいた全員が綱の方を向いて喜び合った。
「やったぞ綱!」

 一方、道長の邸で戦っていた二人だが、
「豪鬼がやられたぞ。道長様と倫子様にもお逃げいただいた。ここでお前も始末してやろうか」 
 晴明がそう言うと円能は、
「いかん、形勢不利だ。残念だがまた退却だ」
 そして円能は姿を消した。

 次の晩、清少納言の邸にて。
「今回は綱さんが大手柄でした。私もこの度の津軽から来た術者どもに一泡吹かせたいものですな」
 金時がそう言うと綱は、
「いやいや、皆さんの協力があったからで」
 と照れ臭そうに言う。そこに清少納言が、
「でも名刀・鬼斬丸を使いこなせるのは綱様だけでしょう。面目躍如ですね」
 楓子が人数分の酒を持ってきて皆に配る。
「八百比丘尼様はもっと大きな盃が良かったですか?」
 楓子がそう言うと道満は、
「いや樽ごとでいいんじゃないっすか?」
 それに八百比丘尼が、
「いくら私でもそこまで飲めないわよ!」
 笑いに包まれながら晴明が言う。
「しかし私が戦った円能、いつもこれからって時に消えるんですよ。実は弱かったりして」
「いやいや、いつまた本気出すかもわかりませんよ」
「いやー、清少納言先生に一本取られた」
 晴明が言うと一同は爆笑した。

「豪鬼もやられた。堯角とわしの部下が続けてとはな。次はあいつに出てもらうか」 
 邸の外で幻海が悔しそうに言い、その場を後にした。

清少納言2

 高階光子の邸で円能と堯角、幻海が光子を前にして作戦会議をしている。
「安倍晴明、芦屋道満、八百比丘尼…それに加えて賀茂忠行が助言者、向こうも手強いですな」
 堯角が言うと、それに円能が答えた。
「お前たち二人が惜しくも敗れた。さあ次はどうするかな?」
「この前みたいなわけにはいかんでしょうな。ではわしが連れてきた夢堂をば」
 そこで光子が口を挟んだ。
「ほう、その者は如何なる術者ですかな?」
 堯角が答える。
「夢堂には悪夢を見せて悶死させる力がございます。夢堂、こちらへ」
 堯角が呼んだのは、まだ若いであろうが、これまた怪しい出で立ちをした男であった。
「夢堂でございます。私、標的とする人物の最も恐れる夢を見せて狂い死にさせることが出来まする」
 光子はそれに対して、
「ほう、なかなか面白そうですね。では誰を標的に?」
「あの術者どもには効果がなさそうですからな。奴らと親しい普通の人間がよろしいでしょう」
 円能がそう言うと、幻海がそれに反発した。
「夢堂はわしらの部下だ。お前に指図されとうはない」
 だが円能は譲らない。
「二人で出て行って、負けて帰ってきたのはどこのどいつらだ?私がいなかったら二人とも死んでおろう」
「何だと!」
 興奮して円能に突っかかる幻海を堯角が止めた。
「まあまあ、意地を張るもんじゃない。わしらは中関白家再興のために光子様に従う身。仲間同士で争ってる場合じゃなかろう」
 光子がそれに続ける。
「さすが堯角どのはよくわかっていらっしゃる。こちらも最強の術者が揃っているのですから、協力して戦いましょうぞ」
 そこで円能、堯角、幻海、夢堂は声を揃えて答えた。
「はっ!」

 所変わって清少納言の文芸教室。
「春はあけぼのの下りは、季節ごとの良い時間帯を短い文章で表現したものですが、皆さんにもそういう、この季節にはこういう花が良いとかおありでしょう。それを自分の言葉で表して個性を出していけば良いのですよ」
 横では楓子が「枕草子」の要所要所を抜き出して書いた大きな紙を貼った板で生徒に示している。
「さて次は、うつくしきものの下りですが…」
 そこで突然、教室内で何かが光り、清少納言が倒れた。
「先生、どうされました?」
 楓子と生徒たちがその体を揺さぶるが目を覚まさず、何かにうなされているようである。
「いけない、道満先生と八百比丘尼様を呼ばないと」
 そして楓子はそれぞれの家に行って二人を呼んだ。二人は邸に入り、倒れた清少納言の姿を見ると八百比丘尼が生徒たちを待機させ、道満は清少納言の手を握ってサイコメトリーでその心を読み始めた。
「いかん、これは何者かに悪夢を見せられているようだ」
「諾子様は目を覚まされるのですか?」
 楓子の問いに道満はこう答える。
「心配はいりません。夢の内容はわかったので、あとはお任せを」
 そして道満が念を送り、しばらくして清少納言は悪夢から解放されたらしく、ゆっくりと目を覚ました。
「先生!」
 楓子と八百比丘尼の声に、清少納言はようやく起き上がった。
「あら、ここはうちの教室…生徒さんたちは?」
 八百比丘尼が答える。
「隣の部屋で待機してますが…先生、無理なさらずに今日はお休み下さい」
「そうですね、じゃあ生徒さんたちはお帰り頂くとして…それにしても嫌な夢でした。道満先生、夢の結末を変えて下さったんですか?」
「はい、夢の内容を読み取って念を送りました。ほっといたら先生、狂い死にするところでしたよ」
「そうでしたか…いや本当に嫌な夢で、かなり時間が経ってたと思ったのに、現実ではほんのわずかな時間しか経ってないのもびっくり」
 そして清少納言は夢の内容を語り出した。

 紫式部様たちが中宮様に歌詠みなどを教えていらっしゃるところに、「新しい関白様がいらっしゃった。私は新しい検非違使佐だ」と言って、体はごっついけど顔はなよっとした男が現れて、その後ろに関白という男が来てたんですね。「私が関白になったからには、肉体の鍛錬を推進する。文学も美術もいらん」と言って、紫式部様、赤染衛門様、伊勢大輔様を追い出しにかかったんです。和泉式部様だけはあの立て板に水の口調で抵抗なさったんですが、皆さん追い出されてしまいました。
 その後この文芸教室に来て、「ここも閉鎖だ。柔術の道場にする」と、私たちも追い出されてしまいました。そして、「枕草子」「源氏物語」「栄花物語」も私たちの目の前で焼かれ、「女人と言えども容赦はせん。文学を廃止するからには今後そういうものが書けないよう、皆死罪にする」と言って、検非違使佐を名乗る男に縛られて、首をはねられるところだったんです。
 ところがそこに道満先生が現れて、関白と検非違使佐を自称する連中を刀で斬り捨て、そこに忠行先生も現れて灰になった書物を元に戻して下さって…そこで目が覚めました。

「うーん、それだけのことがこの短い時間で…唐土に伝わる邯鄲の夢の話のようですね」
 清少納言の話が終わると八百比丘尼はそう言った。邯鄲の夢とは、唐の時代に書かれた「枕中記」という物語で、出世を夢見て都市に出てきた若者が、茶屋の店先で道士に出会って枕を借りてうたた寝している間に、出世して栄華を極めるもその後は冤罪を着せられたり恩赦で釈放されたりで、やがて平穏な老後を送って息を引き取るまでの夢を見たが、目が覚めたら寝る前に注文した料理も出来ていなかったという話であり、転じて人の世の栄枯盛衰のはかないことを指すようになった。
「でもさすがに夢ですな。私はそういう連中、斬り捨てずに生き地獄の苦しみを与えるし、いくら忠行先生でも灰になった書物を元に戻すまではね…」
 道満はそう言った後、楓子が帰らせようとした生徒たちの中に怪しい気配を感じ、「おいそこの男、ちょっと待て」と声をかけた。そう、この文芸教室の生徒はほとんど女性であり、男性が来ることは滅多にない。
「お前、手に持っているのは何だ?」
 道満が男の腕をひねり上げると、そこには小さな水晶球が握られていた。
「やはりな。お前、円能の手の者だな」
「俺は堯角様の部下、夢堂。もう少しで清少納言が狂い死にするところだったのに、邪魔しおって」
 そして夢堂は水晶球を道満に向け、光を放った。道満は一瞬たじろいだが、すぐに構え直した。
「そんな攻撃、何度食らおうが俺は死なん。表に出て勝負だ!」
 二人は邸を出て路地で戦う態勢になった。

 一方、晴明もテレパシーで清少納言の危機を知り、忠行からも「すぐにそちらへ向かえ」と聞かされたので、邸を出て向かおうとしたが、そこにまたもや円能が待ち構えていた。
「晴明、お前まで出向くとなると邪魔が増える」
 そして呪文を唱えて念波を送った。だが晴明もほとんど同時に印を結んでそれを遮った。
「都で私と対抗出来る陰陽師は道満だけで十分だ。しかも悪事のために使う奴などいらん」
 晴明が言うと円能も、
「こちらには中関白家再興という大義名分がある。そのためにはお前たちは邪魔なんだ」
 それからしばらく二人の戦いは続いた。

 一方で道満は夢堂を相手に戦っていた。夢堂の水晶球から放たれる光に念波で対抗するが、なかなかの実力の持ち主のようで、簡単には勝負がつかない。
「やるな、こいつ。だがお前の術はそれだけか」
「何?」
 道満は結んだ印の形を変え、別の力を送った。そこで夢堂に隙が出来たのか、水晶球は粉々に砕け散った。
「お、おのれ!」
 そして今度は指で結んだ印による術で対抗するが、そうなれば道満の敵ではない。道満は夢堂の動きを封じ、刀で斬り捨てた。
「道満、やったね」
 八百比丘尼が讃えた。
「ああ、若僧なのに大した奴だった。さて、晴明が円能と戦ってる。そっちも見に行くか」
 そして二人は晴明の邸に向かった。清少納言は邸内で休養しているので、楓子が一人で見送った。
「お気をつけて下さいね」
 
 なかなか勝負のつかない晴明と円能だったが、
「夢堂がやられた。さすがは道満、ただの胡散臭い奴じゃないな」
 円能がそう言うと晴明も、
「あいつは西日本最強の陰陽師だった芦屋将監様の息子だからな。私とも学生時代は常に張り合っていた」
 やがてそこに道満と八百比丘尼の姿が見えた。
「いかん、勝負は対等でなければ。また仕切り直しだ」
 そう言って円能は姿を消した。

 その晩は清少納言が休養のため、いつもの男たち…晴明、道満、綱、金時は三河屋で立ち飲みしている。
「そうですか、手強い連中ですね。私の出る幕がなかったな」
 三河屋がそう言うと道満は、
「いやいや、まだ協力してもらうこともあるだろう。なんせ頭二人は火に弱いからな」
「そうなれば我々も協力出来ますね」
 金時がそれに続く。
「でも道満、楓子さんの前でいいとこ見せられて良かったな」
 晴明が急にそんなことを言ったので道満は、
「おい、そこでそれ言うか」
「いいじゃないか。早くお前も一人の生活抜け出さんとな」
 綱がそう言って、道満が照れ笑いしている様子を皆で笑っていた。

 そんな三河屋の外で、その様子に聞き耳を立てている男がいた。堯角であった。
「まさか夢堂がやられるとはな。だがこのまま終わらせはせん。まだまだ打つ手はある。首を洗って待っているがいい!」
 

20200704BIGJACK

 昨今のコロナ禍の中、先月やっと3ヶ月ぶりにライブ行ったんだけど、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルとなると4ヶ月ぶり。BIG JACKは今年初めてで、去年の11月以来となる。ついでにその時もマーサスだった。だから待望久しかったんだけど、その分満足出来るものだった。
 感染予防のため入場出来る人数は最小限で椅子に着席、ステージと客席の間には透明な仕切りが。
 もともと3月に予定されていたFORCEFIELDのレコ発が飛んでしまったため、それも兼ねてということになったのだが、それまで溜まってたフラストレーションを解き放つが如く、どのバンドも気迫が満ち溢れていた。

MUTHAS PRIDE
20200704BIGJACKマーサス
 去年、育休のために脱退した上村氏の代わりに入ったベーシストは、なんとあの、SCHEHERAZADEを立ち上げ、その後STARLESSでも活躍している関西の重鎮・大久保寿太郎さんである。パートは違うけど、BLACK SABBATHのドラムが当時まだ若手だったエリック・シンガーからコージー・パウエルに交替したくらいのインパクトがある。
 おかげでステージの下手から中央にかけて、どうですかこの並び。元MARINO、SCHEHERAZADE/STARLESS(バンドはまだある)、元HURRY SCUARYって、凄いでしょ?そして出てきた音はそれにふさわしい存在感に満ちており、知名度でやや劣る中島・池内両氏も力量では全く遜色ない。
 筒井さんの芸術とも言えるオルガンに南さんのパワフルなヴォーカルの組み合わせも十分凄いんだが、それに加えて寿太郎さんのメロディアスで迫力あるベースが加わるんだからこれは強力。一段と凄いバンドになったのが実感出来た。

BLACK MASTER MOUNTAIN
20200704BIGJACK BMM
 元WOLFの松本さんのヴォーカルを擁するバンドで、大阪城野音も含めて何度か見ているが、こちらも皆さんさすがの力量。特に松本さんのハイトーンは伸びやかな上迫力もあり、WOLF解散以降のブランクを全く感じさせない。そしてそれを支える演奏も見事で、強い一体感が感じられた。

FORCEFIELD
20200704BIGJACK FF
 そしてトリのこちら。他のバンドより平均年齢が低いと言ってもキーボードの岡田氏以外は50代なんだが、それまでの2バンドに劣らぬ巧者揃いで、見応え聴き応え十分。特にヴォーカルのRayさんは本当に上手いし、その上見た目もカッコいいんだから反則級。
 山中さんのドラムも石井さんのギターもさすがの演奏力で、他の2人も見事にサポートしている。その上このバンドは楽曲が良い(他の2バンドもそうなんだけど)。それを作る石井さんの能力もさすがと言うしかない。

 いろいろ制約はあったものの、皆がもみくちゃになって暴れるタイプの音楽じゃないし、こういう着席スタイルも悪くない。早く仕切りが取っ払われ、もっと多くの人たちが入れるようになって、感動を共有出来る人が増えたらいいなと思う。ライブハウスを真っ先に悪者扱いし、それでもオリンピックを開催する気満々なお偉いさんたちにはわからんだろうが、音楽や美術、文学といった文化・芸術は心の栄養なんだぜ。こういう現場を知らない人が「密を避けるガイドライン」なんて頭で考えたものを押し付けられたって迷惑なだけ。早く以前のようにライブを楽しめる日が戻ってきてほしい。

 そして今回思ったのは、どのバンドもヴォーカルが上手いし、演奏陣も見事にサポートというか、完全に一体になっていた。この一体感、チームワークが出来てるバンドこそ本当に聴く価値があるし、いつもこういうライブを見ていたいものだ。
 1人だけ悪目立ちしたり、周りを力量の劣るイエスマンで固めたところで何の感動もありませんよ。そういうやり方じゃその人の力量は際立つかもしれないけど、他のメンバーと一体になって周りの力量をも引き出すことに意義があるんです。そうでないと本人の力も落ちちゃいますからね。

 まあ最後ちょっとぼやきも出ましたが、それは今回このステージに立っていた人たちには関係なく、とても満足のいくものでありました!

錫杖1

 ある日、清少納言の邸にて。
「楓子ちゃん、どうだったの?道満先生と一緒の宮本組は?」
「はい、とても楽しかったですよ」
 清少納言と楓子が二人で、先日道満が公演券を当てた宮本組の話をしている。
「私も一度行きたいのよねえ…ところで道満先生はどんな感じだった?」
「公演中は静かなんですけど、音楽に詳しくて、いろいろ面白いお話を聞かせて下さいました」
「そう…仏像や歴史にも詳しいから、またそういう話を振ってみたらいいわよ」
「そうなんですか。でもたまに、何言ってるのこの人?みたいな時があって、どうやら私を笑わそうとしてたようなんですけど、理解するのに時間がかかるんです」
「ははは、あの先生らしいわね」
 と和やかに話している時、中宮仕えの女官たち…紫式部、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔が「こんにちは」の挨拶をするなりその場に駆け込んできた。
「あら皆さん、どうされたの?」
 清少納言の問いに赤染衛門が答えるには、
「いや八百比丘尼様がここに隠れとけって…」
 それから間もなく外からごっつい男の歌声が聞こえてきた。
「♪幸せなら尻叩こう~」
 ピシッ!クルッ!
「ギャーッ!」
「♪幸せなら尻叩こう~」
 ピシッ!クルッ!
「ギャーッ!」
「♪幸せなら態度で示そうよ~ほらみんなで尻叩こう~」
 ピシッ!クルッ!
「ギャーッ!」
 声が止んだところで和泉式部が語り出した。
「いやね、私らがここの近くまで来た時に、八百比丘尼様の家から出てきた洗濯屋がいーちゃんの姿を見るなり、やらせてください!(*^^*)まぐわいを!(*^^*)って言うもんで、それを聞きつけた八百比丘尼様が、私の脅しも忘れてまた言ったか、たたっ斬る!と刀を抜いたんですよ。そしたら道満さんが、まあ待て、殺さずとも良い、俺が飛びっきりのお仕置きをしてやると言わはったんです。そこで八百比丘尼様が、女人にはキツイものが始まるから清少納言先生のお邸に隠れとけって」
「ああ、あれね…」
 そして皆が窓から外を覗くと、筋骨隆々な鬼が立っている足元に、洗濯屋修ちゃんが尻から血を流して倒れていた。
「見て気持ちいいもんじゃないけど、こいつにはこのくらいしないとダメなのかしら」
 八百比丘尼が言うと道満は、
「ああ、三歩歩いたら忘れる、救いようのないバカだからな」
 そこに洛中見回りの綱と金時が現れたので、
「この変態、また女人に嫌がらせをした。店に行ってクビにさせ、身柄を検非違使庁に渡してくれ」
 そして二人は洗濯屋を引き連れて行った。

「ったく、こんな大バカ雇った店も悪いよな」
 と道満が言うと同時に、晴明が姿を現した。
「おお、どうした晴明?」
「いや、忠行先生がこの辺で物騒なことが起きるとお教え下さったから」
「物騒なというか、変態は片付けたが」
「いやそうじゃない。円能が呼んだ術者たちが現れると」
 晴明が言うと程なく、そこに二人の不気味な男たち…痩せた修験者と小太りの僧侶が現れた。
 まず修験者が名乗りを上げた。
「わしは円能に呼ばれて津軽からやってきた堯角」
 続いて僧侶が、
「同じく、幻海。安倍晴明、芦屋道満、お前たちの腕前がどれほどのものか知りたくて参った」
 そしてそれぞれが術をかけようと構えるが、それより早く晴明と道満が九字を切っていた。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
 だがその念波は二人に吸収されてしまったらしく、二人はびくともせずに笑いを浮かべている。
「都で最強の陰陽師はその程度のものか」
 そして二人は晴明たちから受けた念波を倍増して返した。晴明と道満は倒れ込んだ。
「おのれ!」
 まず道満が刀を抜き、晴明もそれに続いて、二人同時に斬りかかった。だが晴明の刀は堯角の体を手応えもなく通り抜け、道満の刀は幻海の体で跳ね返された。堯角が笑みを浮かべて言う。
「お前たちが不死身の体なのは知っている。だがわしらも術や刀を受け付けん体でな。わしは刃物が体をすり抜け、幻海は鋼鉄の体で跳ね返す」
 それを聞いた晴明は、
「よし、それなら合わせ技だ!」
「おう!」
 道満が答え、二人が両手を組み合わせて再び九字を切って敵二人に向けて念波を放った。それでも二人には効き目がない。
「さあもっと続けるが良い。わしらはそれを吸収すれば良いだけのこと。お前らが吸い尽くされて倒れる方が先だな。はっはっはっ!」
 幻海が不気味な声で笑い、錫杖に仕込んだ刀を抜いた。
 その時である。強い光とともに忠行が姿を現した。もちろん女の式神を両方に従えて。
「せ、先生!」
「こいつらにお前たちが今まで使ってきた術は通じん。だがそういう奴らほど呆気ない弱点があるものでな。助けを呼んだからちょっと待ってろ」
 二人が不思議そうにしていると、そこに三河屋が走ってきた。手押し車に酒樽を乗せて。
「三河屋!」
「お二人の師匠という人が…あ、そこにいらっしゃる。これを持って行けって。その山伏と坊主ですな?」
 二人がうなずくと、三河屋は酒樽を開けて堯角と幻海に中身をぶっかけた。そう、燃料用のメチルアルコールである。
「さあ、火を放て!」
 忠行が言うが早いか、晴明と道満は印を結んで火を放った。堯角と幻海は悶え苦しんだ。
「熱い、熱い!」
 忠行が更に続ける。
「こいつらは津軽の生まれゆえ、寒さには強いが熱には弱い。さあ続けろ!」
 ところがそこに邪魔が入った。冷気を送って炎を消したのは円能だった。
「さすがは忠行先生ですな。そこまでお見通しとは。今日の勝負はここまでだ。堯角、幻海、退却だ!」
 そして円能も含んだ三人は姿を消した。

「先生、大助かりでした。ありがとうございます」
 晴明がそう言うと忠行は、
「あいつらは死んだわけじゃないし、まだ次なる術者は出てくる。これから更に厳しくなるから、また新たな術も手ほどきしないといかんな」
「よろしくお願いします!」
 そして忠行は姿を消した。
「ふう、あいつらでこれだけ苦しんだのに、まだまだいるとは」
 道満がそう言うと晴明は、
「全くだ。油断ならんな」
 そしてそこに八百比丘尼も加わり、新たな戦いに向けて手のひらを重ねて誓い合った。

 そして高階光子の邸。
「そうですか、やはり忠行の助けで退却させられましたか」
 光子が言うのに堯角は、
「まさか我々の弱点を突かれるとは…ですが、まだこちらには五人の術者がおります」
「また私が助けに出るようなことは無しにしてくれよ。お前たちでそれだと、部下は更に心配だ」
 円能がそう言うと幻海はいきり立った。
「お前、わしらを馬鹿にするのか!」
 それを光子が止めた。
「まあまあ、今回はあくまでお互いの小手調べ。これから手の内もわかってくるでしょう。これからが本番ということでよろしいではありませんか。成功を祈っておりますわよ」
 光子はそう言って微笑んだ。
 次なる術者は如何なる者か?晴明、道満、八百比丘尼たちに勝算はあるのか?まだ戦いは始まったばかりである。

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